宋名臣言行録 / 前集巻五・王曽
公留守洛陽屬嵗歉里有囷積者飢民聚黨脅取鄰郡以強盗論報死者甚衆公但重笞而釋之逺近聞以為法全活者數千計
新字:公留守洛陽属歳歉里有囷積者飢民聚党脅取鄰郡以強盗論報死者甚衆公但重笞而釈之遠近聞以為法全活者数千計
書き下し
公、洛陽に留守す。歳の歉なるに屬す。里に囷積する者有り。飢民、黨を聚めて脅取す。鄰郡、強盗を以て論じ、死を報ずる者甚だ衆し。公は但だ重く笞ちて之を釋つ。逺近聞きて以て法と為す。全活する者數千を計う。
現代語訳
公が洛陽の留守であった。ちょうど凶作の年に当たった。村に穀物を積み蓄えている者があった。飢えた民が徒党を組んで脅し取った。近隣の郡では強盗として裁き、死罪を報告した者がたいそう多かった。公はただ重く笞打って釈放した。遠近の者がそれを聞いて手本とした。生き延びた者は数千人を数えた。
解説
凶作の年、飢えた民が蓄えを脅し取った事件です。近隣の郡は強盗として裁き、死罪の報告が相次ぎました。**公はただ重く笞打って釈放した。**罪を無かったことにはしていません。罰は与えたうえで、命は取らなかった。飢えて奪ったことと、盗みを働いたことを、同じ物差しで測らなかったわけです。遠近がそれを手本とし、数千人が生き延びました。
この章句が説くこと
飢民党を聚めて脅取す鄰郡強盗を以て論じ死を報ずる者甚だ衆し公は但だ重く笞ちて之を釈つ全活する者数千を計う量刑飢饉情状
関連する章句
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