宋名臣言行録 / 後集巻十・韓維
後數日上疏曰近日畿内縣督索青苗錢甚急往往鞭撻取足至伐桑為薪以易錢貨旱災之際重罹此苦夫動甲兵危士民匱財用於荒夷之地朝廷處之不疑行之甚銳至於蠲除租稅寛裕逋負以救愁苦之民則遲遲而不敢發望陛下自奮英斷行之過而養民猶愈於過而殺人也
新字:後数日上疏曰近日畿内県督索青苗銭甚急往往鞭撻取足至伐桑為薪以易銭貨旱災之際重罹此苦夫動甲兵危士民匱財用於荒夷之地朝廷処之不疑行之甚鋭至於蠲除租税寛裕逋負以救愁苦之民則遅遅而不敢発望陛下自奮英断行之過而養民猶愈於過而殺人也
書き下し
後數日上疏して曰く、近日畿内の縣青苗錢を督索すること甚だ急なり。往往にして鞭撻して足るを取る。桑を伐りて薪と爲し以て錢貨に易うるに至る。旱災の際、重ねて此の苦に罹る。夫れ甲兵を動かし士民を危うくし財用を荒夷の地に匱くするに、朝廷之に處して疑わず、之を行うこと甚だ鋭し。租税を蠲除し逋負を寛裕にして以て愁苦の民を救うに至りては、則ち遲遲として敢えて發せず。望むらくは陛下自ら英斷を奮い之を行え。過ぎて民を養うは猶お過ぎて人を殺すに愈れるなりと。
現代語訳
数日後、上疏して言った。「近ごろ都の周辺の県は青苗銭を取り立てることがきわめて急です。しばしば鞭で打って不足分を取ります。桑を伐って薪にして銭に換えるまでになっています。旱の災いのさなかに、重ねてこの苦しみを受けています。そもそも兵を動かし、士や民を危うくし、財を辺境の荒れた地で使い果たすことについては、朝廷はこれを処するのに疑わず、行うことがきわめて素早い。租税を免除し、滞納を緩めて、苦しむ民を救うことに至っては、ぐずぐずしてあえて実行しません。願わくは陛下、自ら英断を奮ってこれを行ってください。行き過ぎて民を養うほうが、行き過ぎて人を殺すよりはましです」。
解説
この章句が説くこと
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