宋名臣言行録 / 後集巻十・韓維
神宗嘗與公論天下事語及功名公曰聖人功名因事始見不可有功名心神宗拱手稱善
新字:神宗嘗与公論天下事語及功名公曰聖人功名因事始見不可有功名心神宗拱手称善
書き下し
神宗嘗て公と天下の事を論じ、語功名に及ぶ。公曰く、聖人の功名は事に因りて始めて見る。功名の心有る可からずと。神宗拱手して善しと稱す。
現代語訳
神宗がかつて公と天下の事を論じ、話が功名に及んだ。公は言った。「聖人の功名は、事に応じてはじめて現れるものです。功名を求める心があってはなりません」。神宗は手を組んで、よい言葉だと称えた。
解説
三十五字です。功名を否定していません。順序を言い直しただけでした。聖人の功名は、事に応じてはじめて現れるものです。目の前の事を処理した結果として、後から付いてくる。そして先に来てはならないものを一つ挙げます。功名を求める心があってはなりません。名を目的にすると、名が立つ仕事を選ぶようになります。事の側ではなく、自分の側から選び始める。若い天子への一言でした。
この章句が説くこと
神宗嘗て公と天下の事を論じ語功名に及ぶ聖人の功名は事に因りて始めて見る功名の心有る可からず神宗拱手して善しと称す功名動機
関連する章句
-
司馬法・嚴位凡そ人は、愛に死し、怒りに死し、威に死し、義に死し、利に死す。
-
『墨子』非命下是の故に子墨子曰く、今、天下の君子の文章を為り言談を出だすは、将に其の頰舌を勤勞し、其の唇呡を利せんとするに非ざるなり。中に實に将に其の國家邑里萬民の刑政を為さんと欲する者なり。今や王公大人の早く朝し晏く退き、獄を聴き政を治め、終朝、均しく分かちて敢えて怠倦せざる所以の者は、何ぞや。曰く、彼れ以為えらく强ければ必ず治まり、强からざれば必ず亂れ、强ければ必ず寕く、强からざれば必ず危うしと。故に敢えて怠倦せず。
-
『武士道』原序・愛妻の問いが動機となる予が此一小冊子を述作するに至りたる直接の動機は、愛妻のしばしば予に問ふに、日本に行はるる彼此の思想習慣の理由根拠を以てするに在りき。ド・ラヴレー氏及び愛妻に対し、満足なる解答を与へんとするに当りて、予は知りぬ、先づ封建主義と武士道の何物たるかを了知するに非ずんば、即ち現時日本の道徳思想は、一の秘本にして繙き窺ふべからざるものなることを。予の病、久しく癒えず、為に疎懶、日を銷するの止むを得ざるを機とし、かつて多次、家庭の談話に於て与へたる答解を記述したるもの、即ち此書の骨子を成し、其拠る所は主として、封建思想のなお旺盛なりし時、予が少年の日に当りて示教を受けたるものに係る。彼れには小泉八雲氏及びフレエザー夫人あり、此れには又たサー・アーネスト・サトウ及びチャンバレン教授あるの中間に立ち、英語を以て日本に関する述作を成さんは、けだし躊躇失望すべきものあり。
-
『墨子』兼愛下且つ惟だ泰誓のみ然りと為すにあらず、禹誓と雖も即ち亦た猶お是のごときなり。禹曰く、「濟濟たる有衆、咸な朕が言を聴け。惟だ小子のみ敢えて亂を稱するを行うに非ず。蠢たる茲の有苗、天の罰を用う。若し予れ既に爾の羣を率い、羣諸に對して以て有苗を征せん」と。禹の有苗を征するや、富貴を重ね、福禄を干め、耳目を樂しましむるを求むるに非ざるなり。以て天下の利を興し、天下の害を除かんことを求むるなり。即ち此れ禹の兼なり。子墨子の謂う所の兼なる者と雖も、禹に於て求めたり。
-
言志四録・言志耋録 第七十九条 嫌を避けて為さざる勿れ事固より自ら為にするの謀にして、迹の人の為にするに似たる者之れ有り。戒めて之を為すこと勿れ。固より人の為に謀りて、或は自ら為にするかと疑はるる者之れ有り。嫌を避けて為さざること勿れ。
-
『墨子』耕柱巫馬子、子墨子に謂いて曰く、「子は天下を兼愛するも、未だ利ありと云わず。我れは天下を愛せざるも、未だ賊すと云わず。功、皆な未だ至らざるに、子、何ぞ獨り自ら是として我を非とするや」と。子墨子曰く、「今、此に燎ゆる者有り。一人は水を奉じて将に之に灌がんとし、一人は火を摻りて将に之を益さんとす。功、皆な未だ至らざるも、子、何れをか二人に貴ばん」と。巫馬子曰く、「我れは彼の水を奉ずる者の意を是とし、夫の火を摻る者の意を非とす」と。子曰く、「吾れも亦た吾が意を是とし、子の意を非とするなり」と。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る