宋名臣言行録 / 後集巻十・韓絳
為三司使内諸司吏有干恩澤者詔已許之公執條例奏禀上曰朕不知條例當為卿改後有此等事亦須執奏三司事多與宫省相關近習有所干請即語條例公未嘗詭隨
新字:為三司使内諸司吏有干恩沢者詔已許之公執条例奏禀上曰朕不知条例当為卿改後有此等事亦須執奏三司事多与宫省相関近習有所干請即語条例公未嘗詭随
書き下し
三司使と爲る。内諸司の吏に恩澤を干むる者有り。詔して已に之を許す。公條例を執りて奏禀す。上曰く、朕條例を知らず。當に卿が爲に改むべし。後に此の等の事有らば亦た須らく執奏すべしと。三司の事は多く宮省と相い關わる。近習干請する所有れば即ち條例を語る。公未だ嘗て詭隨せず。
現代語訳
三司使となった。宮中の諸司の吏に、恩恵を求める者があった。詔してすでにこれを許していた。公は規定を持ち出して奏上し、指示を仰いだ。天子は言った。「朕は規定を知らなかった。卿のために改めよう。今後もこの種の事があれば、やはり規定を持ち出して奏上せよ」。三司の事務は多く宮中と関わる。天子の側近から願い出があれば、そのつど規定を告げた。公は一度も調子を合わせて従うことがなかった。
解説
すでに許可の出た件を、規定を持って差し戻した条です。天子の答え方が、この条の要でした。**朕は規定を知らなかった。卿のために改めよう。**面目を立てようとせず、知らなかったと言っている。そのうえ、次からも同じようにせよと指示しています。**今後もこの種の事があれば、やはり規定を持ち出して奏上せよ。**一度こう言えば、担当は動きやすくなります。**公は一度も調子を合わせて従うことがなかった。**
この章句が説くこと
内諸司の吏に恩沢を干むる者有り詔して已に之を許す公条例を執りて奏禀す朕条例を知らず当に卿が為に改むべし後に此の等の事有らば亦た須らく執奏すべし詔規定
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