宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇轍
初元豐中河决大吳先帝知故道不可復還因導之北流水性已順惟河道未深隄防未立嵗有决溢之患本非深害而潞公欲以河為重事中書侍郎吕微仲樞密副使安厚卿從而和之力主囬河之計轍謂諸公不因其舊而修其未全乃欲取而囬之其為力也難其為責也重既而囬河之議紛紛而起遂使河朔生靈財力俱困
新字:初元豊中河決大呉先帝知故道不可復還因導之北流水性已順惟河道未深堤防未立歳有決溢之患本非深害而潞公欲以河為重事中書侍郎呂微仲枢密副使安厚卿従而和之力主囬河之計轍謂諸公不因其旧而修其未全乃欲取而囬之其為力也難其為責也重既而囬河之議紛紛而起遂使河朔生霊財力倶困
書き下し
初め元豐中、河大呉に決す。先帝故道の復す可からざるを知り、因りて之を導きて北に流す。水性已に順なり。惟だ河道未だ深からず、隄防未だ立たず。歳に決溢の患い有り。本と深害に非ず。而して潞公河を以て重事と爲さんと欲す。中書侍郎呂微仲、樞密副使安厚卿從いて之に和し、力めて回河の計を主とす。轍諸公に謂う、其の舊に因らずして其の未だ全からざるを修む。乃ち取りて之を回さんと欲す。其の力を爲すや難く、其の責を爲すや重しと。既にして回河の議紛紛として起こり、遂に河朔の生靈・財力をして俱に困しましむ。
現代語訳
はじめ元豊年間、黄河が大呉で決壊した。先帝は元の流路には戻せないと見て、これを導いて北に流した。水の性に沿っていた。ただ河床がまだ深くなく、堤防がまだ立っていない。年ごとに決壊し溢れる患いがあった。もともと深刻な害ではない。ところが文彦博は、黄河を一大事にしようとした。中書侍郎の呂大防、枢密副使の安燾はこれに同調し、力を尽くして流路を戻す計画を主とした。蘇轍は諸公に言った。「いまあるものに沿って、まだ整っていないところを直すのではない。取り上げて向きを戻そうとしている。その労力は困難であり、その責めは重い」。まもなく流路を戻す議論が入り乱れて起こり、ついに河北の民と財力をともに疲弊させた。
解説
この章句が説くこと
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