宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇轍
㑹河北運判王廣㢘召議事廣㢘嘗奏乞度僧牒數千道為本錢於陜西漕司私行青苗法春散秋歛與介甫意合即請而施之河北自此青苗法遂行於四方
新字:会河北運判王広廉召議事広廉嘗奏乞度僧牒数千道為本銭於陜西漕司私行青苗法春散秋歛与介甫意合即請而施之河北自此青苗法遂行於四方
書き下し
㑹ミ河北運判王廣廉召されて事を議す。廣廉嘗て僧牒數千道を度りて本錢と爲さんことを奏乞し、陝西の漕司に於いて私かに青苗法を行う。春に散じて秋に斂む。介甫の意と合す。即ち請いて之を河北に施す。此れより青苗法遂に四方に行わる。
現代語訳
ちょうど河北の運判である王広廉が召されて事を議した。王広廉はかつて僧の度牒数千通を発行して元手とすることを願い出て、陝西の漕司でひそかに青苗法を行っていた。春に貸し出し、秋に取り立てる。王安石の考えと合った。そこで願い出てこれを河北で実施した。これから青苗法はついに四方に行われた。
解説
止まっていた案が、議論では動きませんでした。動かしたのは、すでにどこかで試していた人の存在です。**陝西の漕司でひそかに青苗法を行っていた。春に貸し出し、秋に取り立てる。**現に動いている実例が出てくると、議論は追い越されます。しかも順序が逆でした。認められる前に、私かに行われていた。**王安石の考えと合った。そこで願い出てこれを河北で実施した。**そこから全国に広がります。
この章句が説くこと
会ミ河北運判王広廉召されて事を議す広廉嘗て僧牒数千道を度りて本銭と為さんことを奏乞す陝西の漕司に於いて私かに青苗法を行う春に散じて秋に斂む即ち請いて之を河北に施す此れより青苗法遂に四方に行わる前例私行
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻九・蘇轍一日介甫一巻の書を出だして曰く、此れ青苗法なり。諸君熟く之を議せよ。不便有らば以て告げよ。疑うこと勿かれと。他日轍之に告げて曰く、錢を以て民に貸し息二分を出さしむるは、本と以て民の困を救うにして利を爲すに非ざるなり。然れども出納の際、吏縁りて姦を爲す。法有りと雖も禁ずる能わず。錢民の手に入れば良民と雖も非理の費用を免れず。其の錢を納むるに及びては富民と雖も限に違うを免れず。此くの如くんば則ち鞭箠必ず用いらる。州縣の事は煩に勝えざらんと。
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『宋名臣言行録』後集巻六・王安石公明州鄞縣を知る。書を讀み文を爲し、二日に一たび縣事を治む。堤堰を起こし、陂塘を決して水陸の利と爲す。穀を民に貸し、息を立てて以て償わしめ、新陳をして相い易えしむ。學校を興し保伍を嚴にす。邑人之を便とす。故に熙寧の初め執政と爲りて行う所の法は、皆此に本づく。
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『宋名臣言行録』後集巻六・王安石然れども公は一邑に行いて則ち可なるを知りて、天下に行いて不可なるを知らざるなり。又た遣わす所の新法の使者は皆刻薄の小人にして功利に急なり。遂に河を決して田と爲し、人の墳墓・室廬・膏腴の地を壞すこと勝げて紀す可からざるに至る。青苗は二分の利を取ると雖も、民の請納の費は十の七八に至る。又た公吏は民を冒し、新舊相い因りて、其の弊益ミ繁し。保甲・保馬は尤も害有り。天下騷然として休息するを得ず。蓋し祖宗の法一變せり。
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『宋名臣言行録』後集巻九・蘇轍介甫曰く、君の言、理有り。當に徐ろに議して之を行うべし。後に異論有らば幸いに相い外にする勿かれと。此れより月を逾えて青苗を言わず。
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『宋名臣言行録』後集巻六・王安石又た青苗は名に二分の息を取ると雖も、其の實も亦た民間と異なる無し。蓋し小民は既に已むを得ざるに非ずして請う者有り、又た已むを得ざるに非ずして之を用うる者有り。且つ錢千を請うが如きは、或いは州縣の間に親舊に遇わば、須らく酒食の費有るべし。然らずんば亦た須らく小小の不急の物を置くべし。只だ二百錢を使わしむれば已に民間の四分の息に比す可し。又た請納の時の往來の用と官中の門戸の賂遺と、至って少なきも亦た百錢を下らず。況んや又た胥吏追呼の煩わしき有り。貨に非ざれば行われず。而して公家の期限は又た私間と同じからず。而して民の法を畏るる者は債を舉げて以て官に輸するに至る。往往にして此に沿いて遂に産業を破蕩する者は固より多し。此れ害有りて利無き所以なり。
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『宋名臣言行録』後集巻九・蘇轍神宗位を嗣ぎて既に二年なり。治を求むること甚だ急なり。轍書を以て事を言う。即日延和殿に召對せらる。時に介甫新たに幸を得、執政を以て三司條例を領す。上轍を以て之が屬と爲す。敢えて辭せず。介甫急に財利を求めて本を知らず。呂惠卿之が謀主と爲る。轍事を議して牾うこと多し。