宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
公知明州鄞縣讀書為文二日一治縣事起陽堤堰決陂塘為水陸之利貸穀于民立息以償俾新陳相易興學校嚴保伍邑人便之故熙寧初為執政所行之法皆本於此
新字:公知明州鄞県読書為文二日一治県事起陽堤堰決陂塘為水陸之利貸穀于民立息以償俾新陳相易興学校厳保伍邑人便之故熙寧初為執政所行之法皆本於此
書き下し
公明州鄞縣を知る。書を讀み文を爲し、二日に一たび縣事を治む。堤堰を起こし、陂塘を決して水陸の利と爲す。穀を民に貸し、息を立てて以て償わしめ、新陳をして相い易えしむ。學校を興し保伍を嚴にす。邑人之を便とす。故に熙寧の初め執政と爲りて行う所の法は、皆此に本づく。
現代語訳
王安石は明州鄞県の知事となった。書を読み文を作り、二日に一度県の政務を執った。堤と堰を築き、池や沼を切り開いて水陸の利とした。穀物を民に貸し、利息を定めて償わせ、新しい穀と古い穀を入れ替えさせた。学校を興し、保伍の組織を厳しくした。町の人はこれを便利とした。だから熙寧のはじめ、執政となって行った法は、みなこれに基づいている。
解説
後の新法が、どこで生まれたかを示す条です。一つの県で、実際にやってみたことでした。**穀物を民に貸し、利息を定めて償わせ、新しい穀と古い穀を入れ替えさせた。**これが青苗法の原型です。**学校を興し、保伍の組織を厳しくした。**これが保甲の原型。そして、その場では確かに効いていました。**町の人はこれを便利とした。**やってみて効いたものを持っている、という自信が、後の押しの強さを支えます。
この章句が説くこと
書を読み文を為し二日に一たび県事を治む穀を民に貸し息を立てて以て償わしめ新陳をして相い易えしむ学校を興し保伍を厳にす邑人之を便とす故に熙寧の初め執政と為りて行う所の法は皆此に本づく実験地方
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻九・蘇轍㑹ミ河北運判王廣廉召されて事を議す。廣廉嘗て僧牒數千道を度りて本錢と爲さんことを奏乞し、陝西の漕司に於いて私かに青苗法を行う。春に散じて秋に斂む。介甫の意と合す。即ち請いて之を河北に施す。此れより青苗法遂に四方に行わる。
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