宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇轍
介甫曰君言有理當徐議行之後有異論幸勿相外也自此逾月不言青苗
新字:介甫曰君言有理当徐議行之後有異論幸勿相外也自此逾月不言青苗
書き下し
介甫曰く、君の言、理有り。當に徐ろに議して之を行うべし。後に異論有らば幸いに相い外にする勿かれと。此れより月を逾えて青苗を言わず。
現代語訳
王安石は言った。「君の言葉には理がある。ゆっくり議論してから行うべきだ。今後も異論があれば、どうか他人行儀にせずに言ってくれ」。これから月を越えて、青苗のことを口にしなかった。
解説
反対が、いったん通った場面です。しかも受け止め方が丁寧でした。**君の言葉には理がある。ゆっくり議論してから行うべきだ。****今後も異論があれば、どうか他人行儀にせずに言ってくれ。**言い出せる関係を保とうとしています。そして実際に止まりました。**これから月を越えて、青苗のことを口にしなかった。**通ったように見えます。次の段で、この一か月が何であったかが分かります。
この章句が説くこと
介甫曰く君の言理有り当に徐ろに議して之を行うべし後に異論有らば幸いに相い外にする勿かれ此れより月を逾えて青苗を言わず保留同意
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻九・蘇轍一日介甫一巻の書を出だして曰く、此れ青苗法なり。諸君熟く之を議せよ。不便有らば以て告げよ。疑うこと勿かれと。他日轍之に告げて曰く、錢を以て民に貸し息二分を出さしむるは、本と以て民の困を救うにして利を爲すに非ざるなり。然れども出納の際、吏縁りて姦を爲す。法有りと雖も禁ずる能わず。錢民の手に入れば良民と雖も非理の費用を免れず。其の錢を納むるに及びては富民と雖も限に違うを免れず。此くの如くんば則ち鞭箠必ず用いらる。州縣の事は煩に勝えざらんと。
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