宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇轍
神宗嗣位既二年矣求治甚急轍以書言事即日召對延和殿時介甫新得幸以執政領三司條例上以轍為之屬不敢辭介甫急求財利而不知本吕惠卿為之謀主轍議事多牾
新字:神宗嗣位既二年矣求治甚急轍以書言事即日召対延和殿時介甫新得幸以執政領三司条例上以轍為之属不敢辞介甫急求財利而不知本呂恵卿為之謀主轍議事多牾
書き下し
神宗位を嗣ぎて既に二年なり。治を求むること甚だ急なり。轍書を以て事を言う。即日延和殿に召對せらる。時に介甫新たに幸を得、執政を以て三司條例を領す。上轍を以て之が屬と爲す。敢えて辭せず。介甫急に財利を求めて本を知らず。呂惠卿之が謀主と爲る。轍事を議して牾うこと多し。
現代語訳
神宗が位を嗣いですでに二年であった。治を求めることがきわめて急であった。蘇轍は書状で事を述べた。その日のうちに延和殿に召されて応対した。当時、王安石は新たに寵を得て、執政として三司条例司を統轄していた。天子は蘇轍をその属官とした。あえて辞退しなかった。王安石は急いで財と利を求めて、根本を知らなかった。呂恵卿がその謀の主となった。蘇轍は事を議論して、食い違うことが多かった。
解説
反対の立場のまま、その役所に入った条です。**天子は蘇轍をその属官とした。あえて辞退しなかった。**辞退すれば、外から批判する人になります。入れば、案が固まる前に言える。もっとも、はじめから噛み合っていません。**王安石は急いで財と利を求めて、根本を知らなかった。****蘇轍は事を議論して、食い違うことが多かった。**この配置から、青苗法をめぐるやりとりが始まります。
この章句が説くこと
神宗位を嗣ぎて既に二年なり治を求むること甚だ急なり時に介甫新たに幸を得執政を以て三司条例を領す上轍を以て之が属と為す敢えて辞せず介甫急に財利を求めて本を知らず轍事を議して牾うこと多し配属財利
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