塩鉄論 / 雜論篇
客曰:「余睹鹽、鐵之義、觀乎公卿、文學、賢良之論、意指殊路、各有所出、或上仁義、或務權利。」
新字:客曰:「余睹塩、鉄之義、観乎公卿、文学、賢良之論、意指殊路、各有所出、或上仁義、或務権利。」
書き下し
客曰く、余、鹽・鐵の義を睹、公卿・文學・賢良の論を觀るに、意指路を殊にし、各々出づる所有り。或いは仁義を上び、或いは權利を務む。
現代語訳
客が言った。「私は塩と鉄をめぐる議論を見、公卿と文学・賢良の論を観てきたが、その意図は道を異にし、それぞれ拠って出るところがある。ある者は仁義を尊び、ある者は権と利に努めていた」
解説
六十篇の討論を外から眺めた一言です。**その意図は道を異にし、それぞれ拠って出るところがある。**どちらかが正しいと裁くのではなく、二つの立場がそれぞれ別の場所から出てきていると言い切ります。ある者は仁義を尊び、ある者は権と利に努めた、と。この一行が、この書を勝ち負けの記録ではなく、対立そのものの記録として残す枠組みになりました。
この章句が説くこと
意指路を殊にし各々出づる所有り或いは仁義を上び或いは権利を務む塩鉄の義を睹公卿文学賢良の論を観る対立立場議論
関連する章句
-
易経・彖伝睽(けい)は、火動きて上り、沢動きて下る。二女同居して、其の志行を同じくせず。説(よろこ)びて明に麗(つ)き、柔進みて上行し、中を得て剛に応ず。是を以て小事に吉なり。天地睽(そむ)きて其の事同じきなり。男女睽きて其の志通ずるなり。万物睽きて其の事類するなり。睽の時用大なるかな。
-
孟子・離婁章句下曾子、武城に居る。越の寇有り。或ひと曰く、「寇至る、盍ぞ諸を去らざるや。」曰く、「人を我が室に寓し、其の薪木を毀傷すること無かれ。」寇退けば、則ち曰く、「我が牆屋を修めよ。我將に反らんとす。」寇退き、曾子反る。左右曰く、「先生を待つこと、此の如く其れ忠にして且つ敬なり。寇至れば、則ち先づ去りて以て民の望みを為し、寇退けば則ち反る。不可なるに殆(ちかい)し。」沈猶行曰く、「是れ汝の知る所に非ざるなり。昔、沈猶、負芻の禍い有り。先生に従う者七十人、未だ與ること有らず。」子思、衛に居る。齊の寇有り。或ひと曰く、「寇至る。盍そ諸を去らざるや。」子思曰く、「如し伋去らば、君誰と與にか守らん。」孟子曰く、「曾子・子思は道を同じくす。曾子は師なり、父兄也なり。子思は臣なり、微なり。曾子・子思、地を易うれば則ち皆然り。」
-
論語・子路篇子貢問いて曰く、「郷人皆之を好まば、何如。」子曰く、「未だ可ならざるなり。」「郷人皆之を悪まば、何如。」子曰く、「未だ可ならざるなり。郷人の善き者之を好み、其の善からざる者之を悪むには如かず。」
-
言志四録・南洲手抄晦に処る者は能く顕を見る。顕に拠る者は晦を見ず。
-
『韓非子』備內第十七情、人を憎むに非ざるなり、利、人の死するに在ればなり。故に后妃・夫人・太子の黨成りて君の死を欲するなり。君死せざれば、則ち勢重からず。情、君を憎むに非ざるなり、利、君の死するに在ればなり。故に人主は己の死を利とする者に心を加へざる可からず。故に日月は暈(かさ)外を圍めども、其の賊は内に在り。其の憎む所に備ふるも、禍は愛する所に在り。
-
孫子・九地篇敢えて問う、兵をして率然の如くならしむべきか。曰く、可なり。夫れ呉人と越人とは相悪むも、其の舟を同じくして済るに当たり、風に遇わば、其の相救うや左右の手の如し。