宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇軾
後三年大臣以流竄者為未足也四年復以瓊州别駕安置昌化昌化非人所居食飲不具藥石無有所僦官屋以庇風雨有司猶謂不可則買地築室昌化士人畚土運甓以助之為屋三間人不堪其憂公食芋飲水著書以為樂時從其父老遊亦無間也
新字:後三年大臣以流竄者為未足也四年復以瓊州別駕安置昌化昌化非人所居食飲不具薬石無有所僦官屋以庇風雨有司猶謂不可則買地築室昌化士人畚土運甓以助之為屋三間人不堪其憂公食芋飲水著書以為楽時従其父老遊亦無間也
書き下し
後三年、大臣流竄する者を以て未だ足らずと爲すなり。四年、復た瓊州別駕を以て昌化に安置す。昌化は人の居る所に非ず。食飲具わらず、藥石有る無し。官屋を僦る所ありて以て風雨を庇わんとす。有司猶お不可と謂う。則ち地を買いて室を築く。昌化の士人土を畚し甓を運びて以て之を助く。屋三間を爲す。人其の憂いに堪えず。公芋を食い水を飲み、書を著して以て樂しみと爲す。時に其の父老に從いて遊び、亦た間無きなり。
現代語訳
三年の後、大臣たちは流し追いやるだけでは足りないとした。四年、あらためて瓊州別駕として昌化に身柄を置かせた。昌化は人の住むところではない。食べ物飲み物は揃わず、薬もない。官の建物を借りて雨風をしのごうとした。担当の役所はそれでも不可と言った。そこで土地を買って家を建てた。昌化の士人が土を運び瓦を運んでこれを手伝った。三間の家を建てた。人はその憂いに堪えられない。公は芋を食い水を飲み、書を著すのを楽しみとした。ときにその土地の古老と交わり、そこに隔てもなかった。
解説
追放が二段階で重ねられました。**大臣たちは流し追いやるだけでは足りないとした。**海を越えた先です。そして官舎に住むことすら許されませんでした。**担当の役所はそれでも不可と言った。**土地を買って建てるほかない。そこで手伝ったのが、土地の人でした。**昌化の士人が土を運び瓦を運んでこれを手伝った。**三間の家です。そこでの暮らしが一行で書かれています。**芋を食い水を飲み、書を著すのを楽しみとした。**
この章句が説くこと
後三年大臣流竄する者を以て未だ足らずと為すなり昌化は人の居る所に非ず食飲具わらず薬石有る無し昌化の士人土を畚し甓を運びて以て之を助く屋三間を為す公芋を食い水を飲み書を著して以て楽しみと為す儋州極貧
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