宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇軾
為侍讀進讀至治亂盛衰邪正得失之際未嘗不反覆開導覬上有所覺悟上雖恭黙不言聞公所論說輙肯首善之嘗侍上讀祖宗寳訓因及時事公厯言今賞罰不明善惡無所勸沮又夏人寇鎮戎殺掠幾萬人帥臣掩蔽不以聞朝廷亦不問事毎如此恐成衰亂之漸
新字:為侍読進読至治乱盛衰邪正得失之際未嘗不反覆開導覬上有所覚悟上雖恭黙不言聞公所論説輙肯首善之嘗侍上読祖宗寳訓因及時事公厯言今賞罰不明善悪無所勧沮又夏人寇鎮戎殺掠幾万人帥臣掩蔽不以聞朝廷亦不問事毎如此恐成衰乱之漸
書き下し
侍讀と爲り、進讀して治亂盛衰・邪正得失の際に至れば、未だ嘗て反覆開導して上に覺悟する所有らんことを覬わずんばあらず。上恭默して言わずと雖も、公の論説する所を聞けば輒ち首を肯じて之を善しとす。嘗て上に侍して祖宗の寶訓を讀み、因りて時事に及ぶ。公歴ミ言う、今賞罰明らかならず、善惡勸沮する所無し。又た夏人鎮戎を寇して殺掠すること幾ど萬人。帥臣掩蔽して以て聞せず。朝廷も亦た問わず。事毎に此くの如くんば恐らくは衰亂の漸を成さんと。
現代語訳
侍読となり、進読して治乱盛衰・邪正得失の箇所に至れば、いつも繰り返し説き開いて、天子に思い当たるところがあることを願わないことはなかった。天子は慎み黙して何も言わなかったが、公の論説を聞くと、そのつどうなずいてこれをよしとした。かつて天子に侍って祖宗の宝訓を読み、そのついでに当時の事に及んだ。公は一つ一つ挙げて言った。「いま賞罰が明らかでなく、善悪について励ましも止めもありません。そのうえ夏の者が鎮戎を侵して、殺し奪ったのは一万人近くに及びます。指揮の臣は隠して報告せず、朝廷もまた問いただしません。事がいつもこのようであれば、おそらく衰えと乱れの兆しをなすでしょう」。
解説
講義から時事に移って、二つを並べています。一つは制度の話。**いま賞罰が明らかでなく、善悪について励ましも止めもありません。**もう一つが具体的な事件でした。**夏の者が鎮戎を侵して、殺し奪ったのは一万人近くに及びます。**そして問題にしたのは、被害そのものではありません。**指揮の臣は隠して報告せず、朝廷もまた問いただしません。**隠したことより、問わなかったことのほうが重い。二つは同じ一つのことです。
この章句が説くこと
侍読と為り進読して治乱盛衰邪正得失の際に至れば未だ嘗て反覆開導せずんばあらず今賞罰明らかならず善悪勧沮する所無し夏人鎮戎を寇して殺掠すること幾ど万人帥臣掩蔽して以て聞せず朝廷も亦た問わず隠蔽賞罰
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻三・馬知節真宗の末、王欽若、事を奏する毎に、或いは數奏を懐にして其の一二を出だし、餘は皆な之を匿す。既に退けば、已の意を以て聖㫖と稱して之を行う。嘗て知節と俱に事を上前に奏す。欽若將に退かんとす。知節之を目して曰く、懐中の奏、何ぞ盡く之を出ださざるやと。
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『韓非子』難一第三十六今赫は僅かに驕侮せざるのみにして、襄子之を賞するは、是れ賞を失うなり。明主は賞を無功に加えず、罰を無罪に加えず。
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孫子・行軍篇數々賞する者は、窘するなり。數々罰する者は、困しむなり。先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。
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呂氏春秋・義賞①春氣至れば則ち草木産し、秋氣至れば則ち草木落つ。産と落とは之を使しむるもの或り。自ら然るに非ざるなり。故に之を使しむる者至れば、物為さざる無く、之を使しむる者至らざれば、物為す可き無し。古の人、其の使しむる所以を審らかにす、故に物、用を為さざる莫し。賞罰の柄、此れ上の使しむる所以なり。其の以て加うる所の者義なれば、則ち忠信親愛の道彰わる。久しく彰われて愈々長ずれば、民の之に安んずること性の若し。此を之れ教成ると謂う。教成れば則ち厚賞嚴威有りと雖も禁ずること能わず。故に善く教うる者は、義以て賞罰して教成り、教成りて賞罰禁ずること能わず。賞罰を用いて當らざるも亦た然り。姦偽賊亂貪戻の道興り、久しく興りて息まざれば、民の之を讎うること性の若し。戎夷胡貉巴越の民は、是を以て厚賞嚴罰有りと雖も、禁ずること能わず。郢人の兩版を以て垣するや、吳起之を變じて惡まる。賞罰易れば民安くんぞ樂しまん。氐羌の民、其れ虜となるや、其の係纍を憂えずして、其の死するに焚かれざるを憂うるは、皆、邪に成り、且つ成りて民を賊う。故に賞罰の加うる所は、慎まざる可からず。