宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇軾
温公議改免役為差役差役行於祖宗之世法乆多弊編户充役不習官府又虐使之多以破産而狹鄉之民或有不得休息者先帝知其然故為免役使民以户髙下出錢而無執役之苦行法者不循上意於雇役實費之外取錢過多民遂以病若量出為入毋多取於民則足矣
新字:温公議改免役為差役差役行於祖宗之世法乆多弊編戸充役不習官府又虐使之多以破産而狭鄉之民或有不得休息者先帝知其然故為免役使民以戸高下出銭而無執役之苦行法者不循上意於雇役実費之外取銭過多民遂以病若量出為入毋多取於民則足矣
書き下し
温公免役を改めて差役と爲さんことを議す。差役は祖宗の世に行わる。法久しくして弊多し。編戸の役に充てらるるは官府に習わず。又た虐しく之を使い、多く産を破るを以てす。而して狹鄉の民は或いは休息を得ざる者有り。先帝其の然るを知る。故に免役を爲し、民をして戸の髙下を以て錢を出さしめて役を執るの苦しみ無からしむ。法を行う者上の意に循わず、雇役の實費の外に錢を取ること過多。民遂に以て病めり。若し出を量りて入と爲し、民より多く取る毋くんば則ち足れり。
現代語訳
司馬光が免役を改めて差役に戻すことを議した。差役は祖宗の世に行われていた。法が古くなって弊害が多い。戸籍に編まれた民が役に当てられても、役所の仕事に慣れていない。そのうえ酷使され、多くは家産を潰すに至る。しかも土地の狭い郷の民には、休むことができない者もいた。先帝はそのことを知っておられた。だから免役を作り、民に戸の等級に応じて銭を出させて、役に当たる苦しみをなくした。法を実行する者が上の意に従わず、雇役の実費のほかに銭を取ることが多すぎた。民はそれで苦しんだ。もし出るものを計って入るものを決め、民から多く取らないようにすれば、それで十分である。
解説
戻す前に、なぜそれが作られたのかを確かめた条です。**戸籍に編まれた民が役に当てられても、役所の仕事に慣れていない。そのうえ酷使され、多くは家産を潰すに至る。**古い制度にも害がありました。だから新しい制度が作られた。壊れたのは制度ではなく運用です。**雇役の実費のほかに銭を取ることが多すぎた。**そして直し方も一行でした。**出るものを計って入るものを決め、民から多く取らないようにすれば、それで十分である。**
この章句が説くこと
温公免役を改めて差役と為さんことを議す編戸の役に充てらるるは官府に習わず又た虐しく之を使い多く産を破るを以てす故に免役を為し民をして戸の高下を以て銭を出さしめて役を執るの苦しみ無からしむ法を行う者上の意に循わず雇役の実費の外に銭を取ること過多免役差役
関連する章句
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