宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇軾
或問其故子由曰獨不見鄭昌之救蓋寛饒乎其疏有云上無許史之屬下無金張之託此語正是激宣帝之怒爾且寛饒正以犯許史輩有此禍今乃再訐之是益其怒也且東坡何罪獨以名太髙與朝廷争勝耳今安道之疏乃云其實天下之奇材也獨不激人主怒乎
新字:或問其故子由曰独不見鄭昌之救蓋寛饒乎其疏有云上無許史之属下無金張之託此語正是激宣帝之怒爾且寛饒正以犯許史輩有此禍今乃再訐之是益其怒也且東坡何罪独以名太高与朝廷争勝耳今安道之疏乃云其実天下之奇材也独不激人主怒乎
書き下し
或るひと其の故を問う。子由曰く、獨り鄭昌の蓋寛饒を救うを見ずや。其の疏に云う有り、上に許・史の屬無く下に金・張の託無しと。此の語は正に是れ宣帝の怒りを激するのみ。且つ寛饒は正に許・史の輩を犯すを以て此の禍有り。今乃ち再び之を訐く。是れ其の怒りを益すなり。且つ東坡に何の罪かある。獨り名の太だ髙きを以て朝廷と勝ちを爭うのみ。今安道の疏は乃ち其れ實に天下の奇材なりと云う。獨り人主の怒りを激せざらんやと。
現代語訳
ある人がその理由を尋ねた。子由は言った。「鄭昌が蓋寛饒を救おうとした例をご存じないのか。その上疏にこうある。『上に許氏・史氏のような縁つづきがなく、下に金氏・張氏のような後ろ盾がない』と。この言葉こそ、まさに宣帝の怒りを煽っただけである。そのうえ蓋寛饒は、まさに許氏・史氏の輩を犯したためにこの禍を受けた。それをいまあらためて暴き立てる。これは怒りを増すことである。そのうえ東坡に何の罪があろう。ただ名声が高すぎて、朝廷と優劣を争っているというだけである。いま張方平の上疏は『この人は実に天下の奇材である』と言っている。人主の怒りを煽らないでいられようか」。
解説
弁護の言葉が、相手を怒らせている理由をそのまま強めてしまう。その仕組みを、先例で説明しています。**この言葉こそ、まさに宣帝の怒りを煽っただけである。**後ろ盾がないと書けば、清廉さを示すつもりが、権門を敵に回した事実を確認することになる。そして東坡の場合は、罪の中身がこうでした。**ただ名声が高すぎて、朝廷と優劣を争っているというだけである。**そこへ「天下の奇材である」と書けば、まさにその点を押し出すことになります。
この章句が説くこと
独り鄭昌の蓋寛饒を救うを見ずや上に許史の属無く下に金張の託無し此の語は正に是れ宣帝の怒りを激するのみ東坡に何の罪かある独り名の太だ高きを以て朝廷と勝ちを争うのみ今安道の疏は乃ち其れ実に天下の奇材なりと云う独り人主の怒りを激せざらんや弁護逆効果
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