宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇軾
其後東坡見其副本因吐舌色動久之人問其故東坡不答其後子由亦見之云宜吾兄之吐舌也此事正得張恕力
書き下し
其の後東坡其の副本を見て、因りて舌を吐き色を動かすこと久し。人其の故を問うも東坡答えず。其の後子由も亦た之を見て云う、宜なるかな吾が兄の舌を吐くや。此の事は正に張恕の力を得たりと。
現代語訳
その後、東坡はその上書の控えを見て、舌を出し、顔色を変えることが長く続いた。人がその理由を尋ねたが、東坡は答えなかった。その後、弟の子由もこれを見て言った。「兄が舌を出したのも道理だ。この一件は、まさに張恕のおかげである」。
解説
投じなかったことが、結果として命を救っていた。当人は控えを読んで、それに気づきました。**舌を出し、顔色を変えることが長く続いた。**そして理由を聞かれても言いません。**東坡は答えなかった。**助けようとしてくれた人の文章を、危なかったとは口に出せない。弟が代わりに言葉にしています。**この一件は、まさに張恕のおかげである。**善意が実行されなかったことに礼を言う、という妙な形になっています。
この章句が説くこと
其の後東坡其の副本を見て因りて舌を吐き色を動かすこと久し人其の故を問うも東坡答えず宜なるかな吾が兄の舌を吐くや此の事は正に張恕の力を得たり助命危うさ
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