宋名臣言行録 / 後集巻五・范鎮
公得謝蘇軾往賀之曰公雖退而名益重矣公愀然曰君子言聴計從消患于未萌使天下隂受其賜無智名勇功吾獨不得為此命也夫使天下受其害而吾享其名吾何心哉軾慙而退
新字:公得謝蘇軾往賀之曰公雖退而名益重矣公愀然曰君子言聴計従消患于未萌使天下陰受其賜無智名勇功吾独不得為此命也夫使天下受其害而吾享其名吾何心哉軾慙而退
書き下し
公謝を得たり。蘇軾往きて之を賀して曰く、公退くと雖も名益ミ重しと。公愀然として曰く、君子は言聽かれ計從われ、患いを未萌に消し、天下をして陰に其の賜を受けしめて、智名勇功無し。吾獨り此を爲すを得ざるは命なるかな。天下をして其の害を受けしめて吾は其の名を享く。吾何の心ぞやと。軾慙じて退く。
現代語訳
范鎮は引退を許された。蘇軾が訪ねて祝って言った。「公は退かれたけれども、名はいっそう重くなりました」。范鎮は寂しげな顔をして言った。「君子は言葉が聴かれ計が従われ、患いを芽の出ないうちに消し、天下にひそかにその恵みを受けさせて、知恵者の名も勇者の功もない。私だけがそれをできなかったのは、天命であろうか。天下にその害を受けさせておいて、私はその名を受け取る。いったいどういう心なのか」。蘇軾は恥じ入って退がった。
解説
祝いに来た人を、一言で退がらせた条です。まず、本当に成功した場合の姿を描きます。**患いを芽の出ないうちに消し、天下にひそかにその恵みを受けさせて、知恵者の名も勇者の功もない。**成功すれば、名は残らない。名が残ったということは、止められなかったということです。**天下にその害を受けさせておいて、私はその名を受け取る。いったいどういう心なのか。**戦って敗れた人を讃える言葉が、当人には成り立ちません。
この章句が説くこと
公退くと雖も名益ミ重し君子は言聴かれ計従われ患いを未萌に消す天下をして陰に其の賜を受けしめて智名勇功無し天下をして其の害を受けしめて吾は其の名を享く吾何の心ぞや名声未然
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