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宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇軾

為文要有温柔敦厚之氣對人主語言及章疏文字温柔敦厚尤不可無如子瞻詩多所譏玩殊無惻怛愛君之意荆公在朝論事多不循理惟是争氣而巳何以事君君子之所養要令暴慢邪僻之氣不設於身體又曰凡詩必使言之者無罪聞之者足以戒此所以尚譎諌也如東坡詩則言之安得無罪而聞之豈足以戒乎

新字:為文要有温柔敦厚之気対人主語言及章疏文字温柔敦厚尤不可無如子瞻詩多所譏玩殊無惻怛愛君之意荆公在朝論事多不循理惟是争気而巳何以事君君子之所養要令暴慢邪僻之気不設於身体又曰凡詩必使言之者無罪聞之者足以戒此所以尚譎諌也如東坡詩則言之安得無罪而聞之豈足以戒乎

書き下し

文を爲すには温柔敦厚の氣有るを要す。人主に對する語言及び章疏の文字は温柔敦厚、尤も無かる可からず。子瞻の詩の如きは多く譏玩する所にして、殊に惻怛愛君の意無し。荊公は朝に在りて事を論ずるに多く理に循わず、惟だ是れ氣を爭うのみ。何を以て君に事えん。君子の養う所は暴慢邪僻の氣をして身體に設けざらしむるを要む。又た曰く、凡そ詩は必ず之を言う者をして罪無からしめ、之を聞く者をして戒むるに足らしむ。此れ譎諫を尚ぶ所以なり。東坡の詩の如きは則ち之を言うに安んぞ罪無きを得んや。而して之を聞くも豈に戒むるに足らんやと。

現代語訳

文を作るには温柔敦厚の気があることが肝要である。君主に向かう言葉、および上奏文の文字は、温柔敦厚がとりわけ欠けてはならない。蘇軾の詩などは、多くが皮肉と揶揄であって、痛み憐れみ君を愛する心がまるでない。王安石は朝廷にあって事を論じるのに、多くは理に従わず、ただ気を張り合っているだけである。それでどうして君に仕えられよう。君子が養うべきは、荒々しく驕り、よこしまで偏った気を、身体に生じさせないようにすることである。また言った。「およそ詩は必ず、これを言う者に罪がないようにし、これを聞く者が戒めとするに足りるようにする。これが遠回しの諫めを尊ぶゆえんである。東坡の詩などは、これを言って罪がないでいられようか。そしてこれを聞いても、戒めとするに足りるだろうか」。

解説

対立していた二人に、同じ物差しを当てた批評です。片方には情がないと言い、もう片方には理がないと言いました。**多くが皮肉と揶揄であって、痛み憐れみ君を愛する心がまるでない。****多くは理に従わず、ただ気を張り合っているだけである。**そして詩の条件を二つ挙げます。**言う者に罪がないようにし、聞く者が戒めとするに足りるようにする。**遠回しにするのは、身を守るためだけではない。相手が受け取れる形にするためでもある、と。

この章句が説くこと

文を為すには温柔敦厚の気有るを要す子瞻の詩の如きは多く譏玩する所にして殊に惻怛愛君の意無し荊公は朝に在りて事を論ずるに多く理に循わず惟だ是れ気を争うのみ凡そ詩は必ず之を言う者をして罪無からしめ之を聞く者をして戒むるに足らしむ温厚

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