宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇軾
軾弟轍辭條例司言青苗不便介甫尤怒乃定制䇿登科者不復試館職以軾轍兄弟故也軾有表弟與軾不叶介甫召之問軾過失其人言向丁憂販私鹽蘇木等事介甫雖衘之未有以發
新字:軾弟轍辞条例司言青苗不便介甫尤怒乃定制策登科者不復試館職以軾轍兄弟故也軾有表弟与軾不叶介甫召之問軾過失其人言向丁憂販私塩蘇木等事介甫雖衘之未有以発
書き下し
軾の弟轍條例司を辭して青苗の不便を言う。介甫尤も怒る。乃ち制を定めて策に登科する者は復た館職を試みざらしむ。軾・轍兄弟の故を以てなり。軾に表弟有り軾と叶わず。介甫之を召して軾の過失を問う。其の人言う、向に憂に丁りて私鹽・蘇木を販る等の事ありと。介甫之を銜むと雖も未だ以て發する有らず。
現代語訳
蘇軾の弟の轍が条例司を辞して、青苗の不都合を述べた。王安石はとりわけ怒った。そこで制度を定めて、策で登科した者はもう館職の試験を受けられないようにした。蘇軾・蘇轍兄弟のためである。蘇軾には母方の従弟があり、蘇軾と折り合いが悪かった。王安石はこれを呼んで蘇軾の落ち度を尋ねた。その人は言った。「先に喪に服したとき、私塩と蘇木を売った件などがあります」。王安石はこれを含むところとしたが、まだ表に出す手立てがなかった。
解説
二人を止めるために、制度を書き換えた条です。**制度を定めて、策で登科した者はもう館職の試験を受けられないようにした。**表向きは一般の規則です。ところが目的が書かれています。**蘇軾・蘇轍兄弟のためである。**特定の人を狙って作られた規則は、その人以外にも一生効き続けます。もう一つの動きが、折り合いの悪い親族への聞き取りでした。**王安石はこれを呼んで蘇軾の落ち度を尋ねた。**
この章句が説くこと
軾の弟轍条例司を辞して青苗の不便を言う介甫尤も怒る乃ち制を定めて策に登科する者は復た館職を試みざらしむ軾轍兄弟の故を以てなり介甫之を召して軾の過失を問う私怨制度
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