宋名臣言行録 / 後集巻九・蘇軾
介甫之黨皆不恱命攝開封推官意以多事困之公决斷精敏聲聞益逺㑹上元有㫖市浙燈公密疏舊例無有不宜以玩好示人即有㫖罷殿前初䇿進士舉子希合争言祖宗法制非是公為考官退擬答以進深中其病自是論事愈力介甫愈恨
新字:介甫之党皆不恱命摂開封推官意以多事困之公決断精敏声聞益遠会上元有旨市浙灯公密疏旧例無有不宜以玩好示人即有旨罷殿前初策進士舉子希合争言祖宗法制非是公為考官退擬答以進深中其病自是論事愈力介甫愈恨
書き下し
介甫の黨皆悦ばず、命じて開封の推官を攝せしむ。意は以て事を多くして之を困しめんとするなり。公の决斷精敏、聲聞益ミ遠し。㑹ミ上元に浙燈を市うの㫖有り。公密疏して舊例に有る無し、宜しく玩好を以て人に示すべからずと。即ち㫖有りて之を罷む。殿前に初めて進士に策す。舉子合を希いて爭いて祖宗の法制は是に非ずと言う。公考官と爲り、退きて答を擬して以て進む。深く其の病に中る。是れより事を論ずること愈ミ力む。介甫愈ミ恨む。
現代語訳
王安石の一派はみな喜ばず、命じて開封府の推官を代行させた。意図としては、事務を多くしてこれを困らせようとしたのである。公の裁断は精緻で機敏、評判はいよいよ遠くまで届いた。ちょうど上元の節に、浙江の灯籠を買い上げよという指図があった。公はひそかに上疏して、先例にはなく、玩び物を人に見せるべきではない、と述べた。すぐに指図が出てこれをやめた。御殿の前ではじめて進士に策を出した。受験者は迎合を求めて、争って祖宗の法制は正しくないと述べた。公は考査の官となり、退がって模範の答案を作って進上した。深くその病所を突いていた。これ以来、事を論じることがいよいよ力の入ったものになった。王安石はいよいよ恨んだ。
解説
潰すつもりの人事が、逆に働きました。**事務を多くしてこれを困らせようとしたのである。公の裁断は精緻で機敏、評判はいよいよ遠くまで届いた。**忙しい職は、できる人には舞台になります。そして受験者が揃って祖宗を否定しはじめたとき、批判ではなく答案で応じました。**退がって模範の答案を作って進上した。深くその病所を突いていた。**言うのではなく、書いて見せる。同じ土俵の上でやったので、逃げようがありません。
この章句が説くこと
介甫の党皆悦ばず命じて開封の推官を摂せしむ意は以て事を多くして之を困しめんとするなり公の決断精敏声聞益ミ遠し公考官と為り退きて答を擬して以て進む深く其の病に中る妨害処理
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葉隠・聞書第一或人(あるひと)覚悟の体(てい)覚書に、主君の身辺(しんぺん)勤むる者は別けて身持(みもち)覚悟慎むべきことなり。御側(おそば)の者の様子を見て、主人のたけを人が積(つも)るものなり。今は御機嫌悪し、序(つい)でになどと思うて居る内に、不図(ふと)御誤(おんあやまり)もあるべきことなり。又諫言(かんげん)は時を移さず申し上ぐべきことなり。仰せ出(いで)済みて後も、其の者に理を附け、少しづつもよき様に云いなせば、帰参(きさん)も早きものなり。又仕合せ(しあわせ)よき人には、無音(ぶいん)しても苦しからず、侍の義理なり。又科人(とがにん)をわろく云うは不義理の事なり。落ちぶれたる者には随分不憫(ふびん)を加え、何とぞ立ち直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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