宋名臣言行録 / 後集巻九・曾肇
元祐士大夫再被降黜公義不獨全請與俱貶言者繼之落職知和州
新字:元祐士大夫再被降黜公義不独全請与倶貶言者継之落職知和州
書き下し
元祐の士大夫再び降黜を被る。公義として獨り全からず。與に俱に貶せられんことを請う。言者之に繼ぎ、職を落として和州を知す。
現代語訳
元祐の士大夫が再び降格・追放を受けた。公は道義として自分だけ無事でいるわけにいかなかった。ともに貶されることを願い出た。論じる者がこれに続き、職を落として和州の知事に出された。
解説
二十七字です。人を庇う上書ではありません。**公は道義として自分だけ無事でいるわけにいかなかった。ともに貶されることを願い出た。**処分を撤回せよ、ではなく、自分も同じ処分にしてくれ、と求めた。前の巻で司馬光が范鎮と同じ処分を求めたのと、同じ形です。願いは通りました。**論じる者がこれに続き、職を落として和州の知事に出された。**言った以上、そのとおりになります。
この章句が説くこと
元祐の士大夫再び降黜を被る公義として独り全からず与に倶に貶せられんことを請う言者之に継ぎ職を落として和州を知す連帯処分
関連する章句
-
『宋名臣言行録』後集巻九・曾肇上皇即位し、欽聖太后權に同じく聽斷す。一日二府事を奏す。簾中より宣諭して曰く、神宗宮中に在りて嘗て曾肇は用う可しと稱せりと。召し還して中書舍人を除す。即日對を請いて言う、治道は言路を廣くするに在るのみと。㑹ミ日食四月朔に。故事、當に詔を降して直言を求むべし。特に公に命じて詔を草せしむ。因りて具さに上に言う所以の者を著し、中外に敷告す。是に於いて匭に投ずる者日に千を以て數う。故に上盡く天下の事を聞くを得たり。
-
『宋名臣言行録』前集巻九・尹洙范公、饒州に貶せらる。諫官・御史、肯えて言わず。師魯、書を上りて言う、仲淹は臣の師友なり。願わくは俱に貶せらるるを得んと。貶せられて郢州の酒税を監す。
-
『宋名臣言行録』後集巻九・曾肇哲宗既に親政し、舊臣を追用し盡く熙豐の法を復す。數ミ公の禮を議して守る有るを稱す。公の入對するに及び、埀簾の事に及ばず、陳ぶる所は皆國家の大體なり。以謂えらく、人主は自然の聖質有りと雖も、必ず左右前後の皆其の人を得るを頼りて以て立政の本と爲す。宜しく此の時に慎んで忠信端良・博古多聞の士を選び、諸を左右に置き、以て諷議に參ぜしめ以て顧問に備うべし。夫の深く法宮の中に處り褻御の徒に親近すると、其の損益相い去ること萬萬なりと。貴近の意に忤う。故に留まるを得ず、徐州を知するを除せらる。
-
『宋名臣言行録』後集巻五・趙抃陳升之樞副を除せらる。公唐介等と同じく言う、升之は宦官と交結し、進むに道を以てせずと。章二十餘上るも省みられず。即ち家に居りて罪を待つ。詔して強いて之を起こす。乃ち補外を乞う。
-
『宋名臣言行録』後集巻九・曾鞏子固檢討を罷め、錢醇老を以て之に代う。元素曰く、曾公亮山陰を知せしとき、民田數十頃を賤しく市い、人の訟うる所と爲る。曾易占時に越の幕に在り、守倅に説きて曰く、曾宰は髙科なり。他日將に貴顯ならん。茲の事を用いて之を敗るは惜しむ可し。父會ま明の守と爲り衰老せり。宜しく與に謀り其の子に代わりて咎を任ぜしむべしと。守倅之に從う。會是に由りて贓に坐して追停せらる。曾公猶お私を以て監當に坐す。深く易占を德とすと。
-
『宋名臣言行録』後集巻九・曾肇時に大中至正の論を陳ぶる者有り。元祐・紹聖を以て均しく失有りと爲す。魯公上の命を稱し、公に命じて此の意を推して詔と爲して天下に諭さしむ。公上に見えて言う、陛下皇極を建てて朋黨を消弭せんと欲せば、須らく先ず君子小人を分かち善を賞し惡を罰すべし。偏廢す可からずと。開説甚だ至る。已にして詔中より出づ。上魯公に相たるを命じ、公適ま草を禁中に視る。因りて數事を舉げて戒めと爲す。所謂百姓を休息し、庶工を總核し、材良を甄叙し、正直を敦奬し、風俗を澄清し、紀綱を振肅す。退きて魯公と言うに、未だ嘗て丁寧反覆して此を以てせずんばあらず。本朝の學士、弟の兄の制を草するは惟だ韓氏と公とのみ。他に比無きなり。士論之を榮とす。