宋名臣言行録 / 後集巻九・曾肇
諌官王覿言執政忤㫖落職知潤州公封還詞頭言覿之一身出入内外不足為重輕而陛下寄腹心於大臣寄耳目於臺諌二者相須不可闕一今覿一言論及執政即日去之是何異愛腹心而塗耳目豈不殆哉上悟加覿直龍圖閣
新字:諌官王覿言執政忤旨落職知潤州公封還詞頭言覿之一身出入内外不足為重軽而陛下寄腹心於大臣寄耳目於台諌二者相須不可闕一今覿一言論及執政即日去之是何異愛腹心而塗耳目豈不殆哉上悟加覿直竜図閣
書き下し
諫官王覿執政を言いて㫖に忤い、職を落として潤州を知す。公詞頭を封還して言う、覿の一身は内外に出入するも重輕と爲すに足らず。而して陛下は腹心を大臣に寄せ、耳目を臺諫に寄す。二者は相い須ちて一を闕く可からず。今覿一言、論、執政に及べば即日之を去る。是れ何ぞ腹心を愛して耳目を塗るに異ならんや。豈に殆からずやと。上悟りて覿に直龍圖閣を加う。
現代語訳
諫官の王覿が執政を論じて意にそむき、職を落として潤州の知事に出された。公はその辞令の草案を封じて返し、言った。「王覿一人が内にいようと外に出ようと、軽重を論ずるに足りません。しかし陛下は腹心を大臣に託し、耳目を御史台と諫院に託しておられます。二つは互いを必要とし、一つを欠くことはできません。いま王覿が一言、執政のことに論じ及んだだけで、その日のうちにこれを去らせる。これは腹心を愛して耳目を塗り塞ぐのと、何が違いましょうか。危ういではありませんか」。天子は悟って、王覿に直龍図閣を加えた。
解説
まず、当人の処遇を争点から外しました。**王覿一人が内にいようと外に出ようと、軽重を論ずるに足りません。**個人の擁護に見えないようにしている。そのうえで身体の比喩を立てました。**腹心を大臣に託し、耳目を御史台と諫院に託しておられます。**どちらも自分の一部です。**腹心を愛して耳目を塗り塞ぐのと、何が違いましょうか。**大臣を守るために諫官を切るのは、自分の目をふさぐことだ、と。
この章句が説くこと
諫官王覿執政を言いて旨に忤い職を落として潤州を知す陛下は腹心を大臣に寄せ耳目を台諫に寄す二者は相い須ちて一を闕く可からず是れ何ぞ腹心を愛して耳目を塗るに異ならんや諫官封還
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