宋名臣言行録 / 後集巻九・曾鞏
中書舍人王震序公之文曰先生以文章名天下久矣異時齒髮壯志氣銳其文章之標鷙奔放雄渾瓌偉若三軍之朝氣猛獸之抉怒江湖之波濤烟雲之姿狀一何竒也方是時先生自負要似劉向不知韓愈為何如爾
新字:中書舎人王震序公之文曰先生以文章名天下久矣異時齒髪壮志気銳其文章之標鷙奔放雄渾瓌偉若三軍之朝気猛獣之抉怒江湖之波濤烟雲之姿状一何奇也方是時先生自負要似劉向不知韓愈為何如爾
書き下し
中書舍人王震公の文に序して曰く、先生文章を以て天下に名あること久し。異時齒髮壯んに志氣鋭く、其の文章の標鷙奔放、雄渾瓌偉なること、三軍の朝氣、猛獸の抉怒、江湖の波濤、烟雲の姿狀の若し。一に何ぞ竒なるや。是の時に方り、先生の自負は要するに劉向に似んとし、韓愈の何如たるを知らざるのみ。
現代語訳
中書舎人の王震が公の文集に序して言った。「先生が文章によって天下に名を知られてから久しい。かつて歯も髪も盛んで志気の鋭かったころ、その文章の際立って猛く奔放で、雄渾で大きく美しいさまは、三軍の朝の気、猛獣の怒りの発するさま、大河や湖の波濤、烟と雲の姿かたちのようであった。まったくなんと奇であったことか。その時にあたって、先生の自負は、要するに劉向に似ようとするもので、韓愈がどれほどのものかなど眼中になかった」。
解説
若いころの文章を、四つの比喩で並べています。**三軍の朝の気、猛獣の怒りの発するさま、大河や湖の波濤、烟と雲の姿かたち。**軍、獣、水、雲。動いているものばかりです。そして自負の書き方が面白い。**劉向に似ようとするもので、韓愈がどれほどのものかなど眼中になかった。**目標に置いたのは古い漢の学者で、当代の名声を集めていた唐の大家は視野に入っていなかった。どこを向いていたかで、その人の若さを描いています。
この章句が説くこと
先生文章を以て天下に名あること久し其の文章の標鷙奔放雄渾瓌偉なり三軍の朝気猛獣の抉怒江湖の波濤烟雲の姿状の若し先生の自負は要するに劉向に似んとし韓愈の何如たるを知らざるのみ文章若さ
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