宋名臣言行録 / 後集巻二・歐陽修
公之於文天材有餘豐約中度雍容俯仰不大聲色而義理自勝短章大論施無不可有欲效之不詭則俗不淫則陋終不可及是以獨歩當世
新字:公之於文天材有余豊約中度雍容俯仰不大声色而義理自勝短章大論施無不可有欲効之不詭則俗不淫則陋終不可及是以独歩当世
書き下し
公の文に於けるは天材餘り有り。豐約度に中たり、雍容俯仰、聲色を大にせずして義理自ずから勝る。短章大論、施して不可なる無し。之に效わんと欲する者有り。詭ならずんば則ち俗、淫ならずんば則ち陋。終に及ぶ可からず。是を以て當世に獨歩す。
現代語訳
欧陽脩の文章は、生まれつきの才が有り余っていた。豊かさと簡潔さがほどよく、ゆったりと構えて、声も色も張らないのに、道理がおのずと勝っている。短い一篇でも大きな論でも、用いて不都合なところがない。これに倣おうとする者があった。奇をてらわなければ俗になり、あふれさせなければ卑しくなった。ついに及ぶことができない。それゆえ当代に独り歩んだ。
解説
真似が失敗する仕方が、二組の対で書かれています。**奇をてらわなければ俗になり、あふれさせなければ卑しくなった。**どちらの向きに外しても、外れる。原型がほどよさそのものだからです。**豊かさと簡潔さがほどよく、声も色も張らないのに、道理がおのずと勝っている。**強い特徴があれば、それを真似ればいい。特徴がないものは、真似る取っかかりがありません。前の条の「跡が見えない」が、ここで実際の結果として出ています。
この章句が説くこと
豊約度に中たり雍容俯仰声色を大にせずして義理自ずから勝る之に効わんと欲する者有り詭ならずんば則ち俗淫ならずんば則ち陋文章模倣
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