師導古典を学びたいすべての人に

宋名臣言行録 / 後集巻九・曾鞏

為州務去民疾苦急姦強而寛貧弱曰為人害者不去則吾民不寧是時州縣未屬民為保伍公獨行之部中使譏察居人行旅出入經宿皆有籍記有盗則鳴鼓相援又設方畧明賞搆急追捕且開人自言故盗發輙得

新字:為州務去民疾苦急姦強而寛貧弱曰為人害者不去則吾民不寧是時州県未属民為保伍公独行之部中使譏察居人行旅出入経宿皆有籍記有盗則鳴鼓相援又設方畧明賞搆急追捕且開人自言故盗発輙得

書き下し

州を爲むるに務めて民の疾苦を去り、姦強を急にして貧弱に寛やかなり。曰く、人の害と爲る者を去らずんば則ち吾が民寧からずと。是の時州縣未だ民に屬して保伍と爲さず。公獨り之を行う。部中をして居人・行旅の出入經宿を譏察せしめ、皆籍記有り。盗有らば則ち鼓を鳴らして相い援く。又た方略を設け賞を明らかにして急を構え追捕す。且つ人の自ら言うを開く。故に盗發すれば輒ち得たり。

現代語訳

州を治めるにあたって、努めて民の苦しみを除き、悪辣で強い者には厳しく、貧しく弱い者には寛やかであった。言った。「人の害となる者を除かなければ、わが民は安らかでない」。この時、州や県ではまだ民を組ませて保伍としていなかった。公だけがこれを行った。管内で、住民と旅人の出入りや宿泊を調べさせ、みな記録があった。盗があれば太鼓を鳴らして助け合った。また手立てを設け、賞を明示して急を告げさせ、追跡して捕らえた。そのうえ自ら申し出る道も開いた。だから盗が起これば、そのつど捕らえられた。

解説

「寛やか」だけでは民は守れない、と言い切った条です。**悪辣で強い者には厳しく、貧しく弱い者には寛やかであった。**優しさを、相手によって使い分けている。理由も明快です。**人の害となる者を除かなければ、わが民は安らかでない。**そして手立ては四つ。記録、太鼓の合図、賞、そして自訴の道。捕らえる仕組みだけでなく、抜ける道も一つ開けてあります。**そのうえ自ら申し出る道も開いた。**

この章句が説くこと

州を為むるに務めて民の疾苦を去り姦強を急にして貧弱に寛やかなり人の害と為る者を去らずんば則ち吾が民寧からず居人行旅の出入経宿を譏察せしめ皆籍記有り又た方略を設け賞を明らかにす且つ人の自ら言うを開く治安記録

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる