宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
公平生未嘗較曲直聞謗未嘗辨少時書於座右曰不善加已直為受之盖其初自懲艾也如此至和中手書東漢延篤與李文德書於座右又書古人詩好衣不近節士體梁穀似怕腹中書於屏風
新字:公平生未嘗較曲直聞謗未嘗弁少時書於座右曰不善加已直為受之盖其初自懲艾也如此至和中手書東漢延篤与李文徳書於座右又書古人詩好衣不近節士体梁穀似怕腹中書於屏風
書き下し
公平生未だ嘗て曲直を較べず、謗を聞くも未だ嘗て辨ぜず。少き時、座右に書して曰く、不善己に加わらば、直だ爲に之を受けよと。蓋し其の初め自ら懲艾すること此くの如し。至和中、手ずから東漢の延篤の李文德に與うる書を座右に書し、又た古人の詩、好衣は節士の體に近づかず、梁穀は腹中の書を怕るるに似たりを屏風に書す。
現代語訳
公は生涯、曲直を比べ争わず、謗りを聞いても弁明したことがなかった。若いころ、座右に書いて言った。「よくないことが自分に加えられたら、ただそのまま受けよ」。思うに、その初めから自らを戒めることがこのようであった。至和年間には、自ら後漢の延篤が李文徳に与えた書を座右に書き、また古人の詩「良い衣は節義の士の体に似合わない、うまい穀は腹の中の書を怕れるかのようだ」を屏風に書いた。
解説
弁明しなかったのは、性格ではなく決めごとでした。若いうちに文字にして貼っています。**よくないことが自分に加えられたら、ただそのまま受けよ。**正しいかどうかを争わない、と先に決めておく。争うかどうかをその都度考えれば、たいてい争います。屏風の二句も、同じ働きをしています。**良い衣は節義の士の体に似合わない、うまい穀は腹の中の書を怕れるかのようだ。**選ぶ前に、目に入る場所へ置いてありました。
この章句が説くこと
公平生未だ嘗て曲直を較べず謗を聞くも未だ嘗て弁ぜず不善己に加わらば直だ為に之を受けよ東漢の延篤の李文徳に与うる書を座右に書す好衣は節士の体に近づかず梁穀は腹中の書を怕るるに似たり弁明受容
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