宋名臣言行録 / 前集巻六・宋庠
公嘗曰殘人矜才逆詐恃明吾終身不為也(退朝錄)公以言者斥其非才罷樞相守洛有一舉人行橐中有不税之物為僕夫所告公曰舉人應舉孰無所貨之物未可深罪若奴告主此風不可長也寮屬曰犯人乃言官之子也意欲激其報之公不答但送税院倍其税仍治其奴罪而遣之
新字:公嘗曰残人矜才逆詐恃明吾終身不為也(退朝録)公以言者斥其非才罷枢相守洛有一舉人行橐中有不税之物為僕夫所告公曰舉人応舉孰無所貨之物未可深罪若奴告主此風不可長也寮属曰犯人乃言官之子也意欲激其報之公不答但送税院倍其税仍治其奴罪而遣之
書き下し
公嘗て曰く、人を殘ないて才を矜り、詐を逆えて明を恃むは、吾れ終身為さざるなりと。公、言者の其の非才を斥くるを以て樞相を罷めて洛を守る。一舉人有り。行橐の中に不税の物有り。僕夫の告ぐる所と為る。公曰く、舉人、舉に應ず。孰か貨する所の物無からん。未だ深く罪す可からず。若し奴、主を告ぐれば、此の風、長ず可からざるなりと。寮屬曰く、犯人は乃ち言官の子なりと。意、其の報を激せんと欲す。公答えず。但だ税院に送り、其の税を倍にす。仍りて其の奴の罪を治めて之を遣る。
現代語訳
公はかつて言った。「人を傷つけて自分の才を誇り、まだ起きていない欺きを先回りして自分の明を頼みにすることは、私は生涯しない」。公は、論者に才が無いと非難されて枢密使を罷め、洛陽を守った。ある受験生があった。旅の荷の中に税を納めていない品があった。従僕に告発された。公は言った。「受験生が試験を受けに行くのだ。誰が荷物の一つも持たずにいようか。深く罪に問うべきではない。それに下男が主人を告発するようなら、その風潮は伸ばしてはならない」。属僚が言った。「その者は、じつは弾劾した言官の子です」。仕返しをけしかけようという意味であった。公は答えなかった。ただ税務の役所へ送り、その税を倍にした。そのうえで告発した下男の罪を裁いて追い返した。
解説
自分を追い落とした相手の子が、告発されて手元に来た条です。属僚は仕返しをけしかけました。**公は答えなかった。**そして粛々と処理します。**税務の役所へ送って税を倍にし、告発した下男の罪を裁いて追い返した。**罪は罪として処理し、告発の仕方のほうを咎めている。冒頭の一行が全部を説明しています。**人を傷つけて自分の才を誇り、まだ起きていない欺きを先回りして自分の明を頼みにすることは、生涯しない。**
この章句が説くこと
人を残ないて才を矜り詐を逆えて明を恃むは吾れ終身為さざるなり若し奴主を告ぐれば此の風長ず可からざるなり公答えず但だ税院に送り其の税を倍にす報復私情処理
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