宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
公在仁宗朝嘗請進士先䇿論神宗初又獻議以經術取士及知熈寧三年貢舉遂密啓臨軒專用䇿試
新字:公在仁宗朝嘗請進士先策論神宗初又献議以経術取士及知熈寧三年貢舉遂密啓臨軒専用策試
書き下し
公仁宗の朝に在りて嘗て進士に策論を先にせんことを請う。神宗の初め又た議を獻じて經術を以て士を取らんとす。熙寧三年の貢舉を知るに及び、遂に密かに啓して軒に臨みて專ら策を用いて試せしむ。
現代語訳
公は仁宗の朝にあって、かつて進士の試験で策と論を先にすることを願い出た。神宗のはじめには、また議を献じて経術によって士を取ろうとした。熙寧三年の科挙を統轄するに及んで、ついにひそかに願い出て、天子が御殿の端に臨んでもっぱら策によって試させた。
解説
三代の天子にまたがって、同じ一つのことを求め続けた記録です。**仁宗の朝にあって、進士の試験で策と論を先にすることを願い出た。****神宗のはじめには、また議を献じて。****熙寧三年の科挙を統轄するに及んで、ついにひそかに願い出て。**言い方も場所も変えていますが、求めているものは変わりません。文章の巧さではなく、治める道について答えさせる。ここから、この長い一条の全体が始まります。
この章句が説くこと
公仁宗の朝に在りて嘗て進士に策論を先にせんことを請う神宗の初め又た議を献じて経術を以て士を取らんとす熙寧三年の貢舉を知るに及ぶ遂に密かに啓して軒に臨みて専ら策を用いて試せしむ一貫科挙
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著公貢舉を知す。貢院に在りて密かに上奏して曰く、天子軒に臨みて士に策するに詩賦を用うるは、賢を舉げ治を求むるの意に非ず。且つ近世の有司の考校は已に專ら策論を用う。今來の殿試は宸衷より出づるを欲す。惟だ詔策を以て治道を咨訪せんことをと。是の歳上軒に臨み、遂に策を以て進士を試す。
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『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著是に至りて將に廷試せんとす。執政又た熙寧に策を復するの初め、進士葉祖洽の祖宗を譏議せしを以て、是れより策に對うる者は皆前朝を訕りて以て當世に阿ると。因りて以て策問は廢す可く當に詩賦論題を復すべしと爲す。公曰く、天子軒に臨みて策を發し四方の貢士を延きて問うに治道を以てす。豈に古に近き良法に非ずや。對うる者の是非邪正に至りては則ち考官の去取に在るのみと。乃ち舊に仍りて策を試す。其の後科舉を論ずる者も亦た息まず。以て公の薨ずるに至り詩賦益ミ隆んにして、盡く經義を廢して後に已まんことを期す。公の意に非ざるなり。
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『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著元祐の初め、議者爭いて科舉の弊を言い舊制に復せんことを請う。公曰く、先帝の法度を更新し士を造すに經術を以てするが如きは、是れ古に近しと爲す。且つ仲尼の六經、何ぞ後世に負かん。特に安石の課試の法の繆れるのみ。安石の經を解するも亦た未だ必ずしも善からざるにあらず。惟だ其の人の己に同じからんことを欲するを大いに繆れりと爲すのみと。
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『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著公既に職に就く。因りて奏す、熙寧より以來朝廷の論議同じからず。端人良士は例として小人の沮格する所と爲り、指して法度を沮壞するの人と爲し、復た用う可からずとす。此れ國家の利に非ず。願わくは陛下省察せよと。上曰く、當に次を以て之を收用すべしと。
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『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著温公も亦た詩賦は復す可からずと爲す。然れども論者は經義の弊を習見し忿懣遏む可からず。乃ち制を定めて進士の初場は經義を試し、次に賦・詩・論・策とす。經義に對うる者は古今諸儒の説及び己が見を引用するを許す。又た詔して春秋科を立て、太學に春秋博士二員を置く。有司の莊老の書に於いて題を出すを禁じ、程文に申韓刑名の學及び釋氏の書を雜用するを得ざらしむ。仍お律義を試すを罷む。
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『宋名臣言行録』後集巻三・張方平仁宗初年、王沂公・呂申公政を爲し、猶お此の論を持す。六科を設けてより以來、士の翹秀なる者は皆國政の長短を爭論す。二公既に罷むれば、則ち輕鋭の士稍稍進むを得、漸く奇論を爲して以て朝廷を撼かす。朝廷往往之が爲に動搖す。廟堂の淺深既に得て知る可くして、名を好み事を喜ぶの人勝てり。申公復た相と作ると雖も、然れども其の舊俗を守る能わず。意喜ばずと雖も、亦た風に從いて靡けり。