宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
初執政三五日一集都堂長官專决同列多不與議及公秉政非有故日聚都堂遂為故事
新字:初執政三五日一集都堂長官専決同列多不与議及公秉政非有故日聚都堂遂為故事
書き下し
初め執政三五日に一たび都堂に集まる。長官專决し、同列多く議に與らず。公の政を秉るに及び、故有るに非ざれば日ミ都堂に聚まる。遂に故事と爲る。
現代語訳
はじめ執政は三日五日に一度、都堂に集まっていた。長官が独断で決め、同列の者は多く議論にあずからなかった。公が政を執るに及んで、特別な事情がなければ毎日、都堂に集まった。そのまま先例となった。
解説
三十五字の、間隔だけの話です。集まる頻度が下がると、何が起きるか。**長官が独断で決め、同列の者は多く議論にあずからなかった。**次の集まりまで待てない案件は、その場にいる人が決めます。それが積み重なると、集まりは報告の場になる。直し方は制度の作り替えではなく、頻度でした。**特別な事情がなければ毎日、都堂に集まった。**毎日あれば、明日に回せます。回せる先があることが、合議を合議のまま保ちます。
この章句が説くこと
初め執政三五日に一たび都堂に集まる長官専決し同列多く議に与らず公の政を秉るに及び故有るに非ざれば日ミ都堂に聚まる遂に故事と為る合議頻度
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