宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
自仁宗末率以二月開經筵至重午罷八月復開至冬至罷是嵗詔以九月五日開至重陽罷公奏願陛下日御邇英以循先帝故事詔即從之後講論語將畢公以尚書備二帝三王之道尤切於治術乞□進講論語畢日進講尚書從之
新字:自仁宗末率以二月開経筵至重午罷八月復開至冬至罷是歳詔以九月五日開至重陽罷公奏願陛下日御邇英以循先帝故事詔即従之後講論語将畢公以尚書備二帝三王之道尤切於治術乞□進講論語畢日進講尚書従之
書き下し
仁宗の末より率ね二月を以て經筵を開き、重午に至りて罷め、八月に復た開き、冬至に至りて罷む。是の歳詔して九月五日を以て開き、重陽に至りて罷む。公奏す、願わくは陛下日ミ邇英に御して以て先帝の故事に循えと。詔して即ち之に從う。後論語を講じて將に畢わらんとす。公尚書の二帝三王の道を備え尤も治術に切なるを以て、論語を進講して畢わるの日に尚書を進講せんことを乞う。之に從う。
現代語訳
仁宗の末年から、おおむね二月に経筵を開き、端午に至って止め、八月にまた開き、冬至に至って止めた。この年、詔して九月五日に開き、重陽に至って止めることとした。公は奏上した。「どうか陛下、日ごとに邇英閣にお出ましになり、先帝の先例にお従いください」。詔してただちにこれに従われた。後に『論語』の講義が終わろうとしていた。公は『尚書』が二帝三王の道を備え、とりわけ治める術に切実であることから、〔一字を欠く〕『論語』の進講が終わる日に『尚書』を進講することを願い出た。これに従われた。
解説
この年、開講が九月五日から重陽まで、つまり四日に縮められました。公が出したのは、期間を戻せという願いではありません。**どうか陛下、日ごとに邇英閣にお出ましになり、先帝の先例にお従いください。**回数の交渉ではなく、毎日に変える。もう一つが継ぎ目の管理です。**『論語』の進講が終わる日に『尚書』を進講することを願い出た。**終わってから次を決めれば、そこで途切れます。終わる日に次が始まる形にしました。
この章句が説くこと
是の歳詔して九月五日を以て開き重陽に至りて罷む願わくは陛下日ミ邇英に御して以て先帝の故事に循え公尚書の二帝三王の道を備え尤も治術に切なるを以てす論語を進講して畢わるの日に尚書を進講せんことを乞う経筵日程
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『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著上邇英に論語の講讀畢わるを以て、執政・講讀官・左右史に御筵を資善堂に賜う。内より御書の唐人の詩を出だし、在坐に分ち賜う。翌日公上奏して曰く、臣伏して念うに、陛下の睿哲の性は天縱より出で、復た内に慈訓を稟け日に新たに典學す。誠に堯舜三代を以て法と爲さば則ち四海勞せずして治まらん。將來論語の帙を終え尚書を進講せん。二書は皆聖人の格言、君と爲るの要道なり。
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『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著公經筵に侍せし時、仁宗春秋髙し。公經傳の同異、訓詁の得失に於いては皆粗ミ其の略を陳ぶ。治亂安危の要にして之を聞けば以て戒むるに足る者に至りては、乃ち上の爲に之を反覆申陳す。仁宗嘗て講官に詔す、凡そ經傳に載する所の逆亂の事は皆直言して諱む毋かれと。公因りて進講して言う、弑逆の事は臣子の忍びて言わざる所。而して仲尼之を春秋に書す所以は、深く後世の人君を戒め、其の微を防ぎ漸を杜ぎ、安きに居て危うきを慮り、君臣父子の道を素より明らかにし、長幼嫡庶の分を早く定めしめんと欲するなり。則ち亂臣賊子其の姦心を萌す所無し。故に易に曰く、霜を履みて堅氷至ると。辯ずるの早く辯ぜざるに由るなりと。
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