宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
哲宗即位公為邇英侍讀始至上言曰人君即位之始當正始以正天下修徳以安百姓修徳之要莫先於學學有緝熈於光明日新又新以至於大治者學之力也臣待罪講讀謹條上十議以禆聦明一曰畏天二曰愛民三曰修身四曰講學五曰任賢六曰納諌七曰薄歛八曰去奢九曰省刑十曰無逸居月餘除執政遂倚以為相其論薄歛之畧曰昔鹿臺之財鉅橋之粟啇紂聚之以喪國武王散之以得民由是觀之人主當務仁義而已何必曰利為君之道幾無出此十篇可為人君座右銘
新字:哲宗即位公為邇英侍読始至上言曰人君即位之始当正始以正天下修徳以安百姓修徳之要莫先於学学有緝熈於光明日新又新以至於大治者学之力也臣待罪講読謹条上十議以禆聦明一曰畏天二曰愛民三曰修身四曰講学五曰任賢六曰納諌七曰薄歛八曰去奢九曰省刑十曰無逸居月余除執政遂倚以為相其論薄歛之畧曰昔鹿台之財鉅橋之粟啇紂聚之以喪国武王散之以得民由是観之人主当務仁義而已何必曰利為君之道幾無出此十篇可為人君座右銘
書き下し
哲宗即位す。公邇英の侍讀と爲る。始めて至りて上言して曰く、人君即位の始めは當に始めを正して以て天下を正し、德を修めて以て百姓を安んずべし。德を修むるの要は學より先なるは莫し。學に緝熙して光明に、日に新たに又た新たにして以て大治に至るは學の力なり。臣講讀に罪を待つ。謹んで十議を條上して以て聰明に禆せん。一に曰く天を畏る、二に曰く民を愛す、三に曰く身を修む、四に曰く學を講ず、五に曰く賢に任ず、六に曰く諫を納る、七に曰く歛を薄くす、八に曰く奢を去る、九に曰く刑を省く、十に曰く逸する無かれと。居ること月餘、執政を除せられ遂に倚りて以て相と爲す。其の薄歛を論ずるの略に曰く、昔鹿臺の財、鉅橋の粟は、商紂之を聚めて以て國を喪い、武王之を散じて以て民を得たり。是に由りて之を觀れば、人主は當に仁義を務むべきのみ。何ぞ必ずしも利と曰わんと。君と爲るの道、幾ど此の十篇を出づる無し。以て人君の座右銘と爲す可し。
現代語訳
哲宗が即位した。公は邇英閣の侍読となった。着任してすぐ上言して言った。「人君が即位した始めは、始めを正すことによって天下を正し、徳を修めることによって百姓を安んずるべきです。徳を修める要は、学より先にあるものはありません。学によって積み重ねて光明に至り、日に新たにまた日に新たにして大いに治まるところまで行くのは、学の力です。臣は講読の任にあります。謹んで十の議を箇条にして差し上げ、ご聡明の助けといたします。一に天を畏れる、二に民を愛する、三に身を修める、四に学を講じる、五に賢に任せる、六に諫めを容れる、七に取り立てを薄くする、八に奢りを去る、九に刑を省く、十に安逸に流れない」。ひと月あまりして執政に任じられ、そのまま頼られて宰相となった。その「取り立てを薄くする」を論じた要点にはこうある。「昔、鹿台の財と鉅橋の粟は、商の紂がこれを集めて国を失い、武王がこれを散じて民を得た。これによって見れば、人主はただ仁義に努めるべきである。どうして利を言う必要があろうか」。君となる道は、ほとんどこの十篇を出るものがない。人君の座右の銘とするに足りる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻九・王禹偁諫官と爲り、禦戎十策を上る。大旨、以謂えらく、外は人に任じ内は徳を修めば則ち以て之を弭む可し。外は則ち兵勢を合わせて以て將權を重くし、小臣の邉事を詗邏するを罷め、間諜を行いて以て其の心を離し、保忠・御卿を遣わして所部を率いて以て掎角を張り、詔を下して邉人を感勵す。燕薊の舊疆を取るは、葢し晉の遺民を弔うにして、其の土地を貪るに非ず。内は則ち官を省きて以て經費を寛くし、文士を抑えて以て武夫を激し、大臣を信用して以て其の謀に資し、虚名を貴ばずして以て旡益を戒め、游惰を禁じて以て民力を厚くすと。端拱の冬、旱す。公、疏を上りて用を節し費を省き、賦を薄くし刑を緩くせんことを請う。
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『宋名臣言行録』前集巻六・吕夷簡章獻崩ず。上、始めて親政す。公、手ずから治を為すの本を疏して以て上に諷す。其の目に、朝綱を正し、邪徑を塞ぎ、貨賂を禁じ、姦壬を辨じ、女謁を絶ち、近習を逺ざけ、力役を罷め、冗費を節す有り。條奏甚だ詳らかなり。
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『宋名臣言行録』後集巻十二・劉摯哲宗位を嗣ぎ、公復た言責に任ず。疏を上りて曰く、陛下春秋鼎盛なり、資養する所に在り。願わくは忠信孝悌淳茂老成の人を選びて、以て勸講進讀の任に充て、便殿燕坐の時、廷對を賜い、經を執りて誦讀し、以て睿智を廣めしめんことを、と。
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『宋名臣言行録』後集巻十一・范純仁諫官と爲り、前後上の爲に言う。兵を休め事を省き、用を節し民を富ませ、君子を進め小人を退け、人材を愛し公論を申ぶるを急と爲す。聚斂を崇び苛刻を事とし、讒佞に親しみ偏聽に任ずるを戒めと爲す。大なれば則ち廷論し、小なれば則ち疏達す。未だ聽かれずんば則ち章を連ね牘を累ねて茍くも止めず。其の君子小人の際に於いては尤も反復激切、諱避する所無し。上方に治を求むるに鋭し。又た言う、道は遠し當に馴致すべし。事は大にして速やかに成し難し。人材は遽かに求む可からず。積□は頓に革む可からずと。公雅ミ荊公と厚善なり。是に至りて數ミ其の五霸富國強兵の術を以て人主を誤惑し天下の望を失うを言う。
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『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著上邇英に論語の講讀畢わるを以て、執政・講讀官・左右史に御筵を資善堂に賜う。内より御書の唐人の詩を出だし、在坐に分ち賜う。翌日公上奏して曰く、臣伏して念うに、陛下の睿哲の性は天縱より出で、復た内に慈訓を稟け日に新たに典學す。誠に堯舜三代を以て法と爲さば則ち四海勞せずして治まらん。將來論語の帙を終え尚書を進講せん。二書は皆聖人の格言、君と爲るの要道なり。
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『宋名臣言行録』後集巻九・曾肇哲宗既に親政し、舊臣を追用し盡く熙豐の法を復す。數ミ公の禮を議して守る有るを稱す。公の入對するに及び、埀簾の事に及ばず、陳ぶる所は皆國家の大體なり。以謂えらく、人主は自然の聖質有りと雖も、必ず左右前後の皆其の人を得るを頼りて以て立政の本と爲す。宜しく此の時に慎んで忠信端良・博古多聞の士を選び、諸を左右に置き、以て諷議に參ぜしめ以て顧問に備うべし。夫の深く法宮の中に處り褻御の徒に親近すると、其の損益相い去ること萬萬なりと。貴近の意に忤う。故に留まるを得ず、徐州を知するを除せらる。