宋名臣言行録 / 前集巻六・吕夷簡
章獻崩上始親政公手疏為治之本以諷于上其目有正朝綱塞邪徑禁貨賂辨姦壬絶女謁逺近習罷力役節冗費條奏甚詳
新字:章献崩上始親政公手疏為治之本以諷于上其目有正朝綱塞邪径禁貨賂弁姦壬絶女謁遠近習罷力役節冗費条奏甚詳
書き下し
章獻崩ず。上、始めて親政す。公、手ずから治を為すの本を疏して以て上に諷す。其の目に、朝綱を正し、邪徑を塞ぎ、貨賂を禁じ、姦壬を辨じ、女謁を絶ち、近習を逺ざけ、力役を罷め、冗費を節す有り。條奏甚だ詳らかなり。
現代語訳
章献太后が崩じた。帝ははじめて自ら政を執った。公は自ら手を下して、政を執る根本を上疏してそれとなく告げた。その項目には、朝廷の綱紀を正すこと、邪な近道をふさぐこと、賄賂を禁ずること、よこしまな者を見分けること、女性の口利きを断つこと、側近を遠ざけること、力役をやめること、無駄な費えを節することがあった。条ごとの上奏はたいそう詳しかった。
解説
親政の始まった日に、八項目を差し出した条です。**朝綱を正す、邪な近道をふさぐ、賄賂を禁ずる、よこしまな者を見分ける、女性の口利きを断つ、側近を遠ざける、力役をやめる、無駄な費えを節する。**どれも新しい政策ではありません。ふさぐ・断つ・遠ざける・やめる・節する——止める側ばかりが並んでいます。始めるときにまず何を止めるかを決めさせた、という順序です。
この章句が説くこと
朝綱を正し邪径を塞ぎ貨賂を禁ず姦壬を弁じ女謁を絶ち近習を遠ざく力役を罷め冗費を節す綱紀抑制親政
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