宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
上以慈聖既升祔大推恩於曹氏凡進官被賞者二百餘人公因言自古亡國亂家不過親小人任宦官通女謁寵外戚數事而已上深以為然
新字:上以慈聖既升祔大推恩於曹氏凡進官被賞者二百余人公因言自古亡国乱家不過親小人任宦官通女謁寵外戚数事而已上深以為然
書き下し
上慈聖の既に升祔したるを以て、大いに恩を曹氏に推す。凡そ官を進め賞を被る者二百餘人。公因りて言う、古より亡國亂家は小人に親しみ、宦官に任じ、女謁を通じ、外戚を寵するの數事に過ぎざるのみと。上深く以て然りと爲す。
現代語訳
天子は慈聖太后がすでに廟に合祀されたことによって、大いに恩を曹氏に及ぼした。官位を進め賞を受けた者は二百余人に及んだ。公はそこで言った。「古来、国を亡ぼし家を乱すのは、小人に親しみ、宦官に任せ、女性の口利きを通し、外戚を寵愛する、この数件にすぎません」。天子は深くもっともだとした。
解説
二百余人という数の後に置かれた一言です。個別の人事を批判していません。原因のほうを数え上げました。**小人に親しみ、宦官に任せ、女性の口利きを通し、外戚を寵愛する、この数件にすぎません。**四つだけです。しかもいま行われているのは、その四つ目そのものでした。名指しせずに、当てはまる形だけを置いています。数えられるほど少ないものが、それでも繰り返される、というのがこの短い言い方の眼目です。
この章句が説くこと
上慈聖の既に升祔したるを以て大いに恩を曹氏に推す凡そ官を進め賞を被る者二百余人古より亡国乱家は小人に親しみ宦官に任じ女謁を通じ外戚を寵するの数事に過ぎざるのみ上深く以て然りと為す外戚恩賞
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