宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
上初即位韓絳即議復肉刑至是復詔執政議公以為後世禮教未備而刑獄繁肉辟不可復將有踊貴屨賤之議吴充議復置圜土衆以為難行王珪欲取開封死罪囚試以劓刖公曰刖而不死則肉刑遂行矣議竟寢
新字:上初即位韓絳即議復肉刑至是復詔執政議公以為後世礼教未備而刑獄繁肉辟不可復将有踊貴屨賤之議吴充議復置圜土衆以為難行王珪欲取開封死罪囚試以劓刖公曰刖而不死則肉刑遂行矣議竟寝
書き下し
上初め即位す。韓絳即ち肉刑を復せんことを議す。是に至りて復た執政に詔して議せしむ。公以爲えらく、後世は禮教未だ備わらずして刑獄繁し。肉辟は復す可からず。將に踊貴く屨賤しの議有らんと。吳充は圜土を復置するを議す。衆以て行い難しと爲す。王珪は開封の死罪の囚を取りて試むるに劓刖を以てせんと欲す。公曰く、刖して死せずんば則ち肉刑遂に行われんと。議竟に寢む。
現代語訳
天子がはじめて即位したとき、韓絳がすぐに肉刑を復活させることを議した。このときあらためて執政に詔して議論させた。公はこう考えた。「後の世は礼と教えがまだ整っていないのに、刑罰と獄は多い。肉刑を復活させてはならない。義足が高く履物が安い、という話が出ることになる」。呉充は圜土を再び設けることを議した。人々は実行しがたいとした。王珪は開封の死罪の囚人を取って、鼻切りと足切りで試そうとした。公は言った。「足を切って死ななければ、肉刑はそのまま行われることになる」。議論はついに立ち消えとなった。
解説
復活論を、二段で止めています。まず理由です。**後の世は礼と教えがまだ整っていないのに、刑罰と獄は多い。**教えが足りないまま罰だけ重くすれば、切られる人が増えるだけ。斉の故事を一句で引きました。**義足が高く履物が安い。**足を切られた者ばかりの市場です。そして試行の提案を、いちばん危ないものとして潰しました。**足を切って死ななければ、肉刑はそのまま行われることになる。**試して問題がなかった、という記録が根拠になってしまう。
この章句が説くこと
韓絳即ち肉刑を復せんことを議す後世は礼教未だ備わらずして刑獄繁し肉辟は復す可からず将に踊貴く屨賤しの議有らん刖して死せずんば則ち肉刑遂に行われん刑罰復活
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