宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
臣嘗竊計始為陛下謀者必曰自祖宗以來因循茍簡治國之本當先冨強則可以鞭笞四夷盡復唐之故疆然後制作禮樂以文太平故散青苗錢為免役法次第取錢又内外置市易務新制日下更改無常官吏違者坐徙不以赦降監司督責以刻為明今農怨於畎畝商旅嘆於道路官吏不安其職恐陛下不盡知也夫欲攘斥四夷以興太平而先使邦本困揺衆心離怨此則陛下始謀者大誤也
新字:臣嘗竊計始為陛下謀者必曰自祖宗以来因循茍簡治国之本当先冨強則可以鞭笞四夷尽復唐之故疆然後制作礼楽以文太平故散青苗銭為免役法次第取銭又内外置市易務新制日下更改無常官吏違者坐徙不以赦降監司督責以刻為明今農怨於畎畝商旅嘆於道路官吏不安其職恐陛下不尽知也夫欲攘斥四夷以興太平而先使邦本困揺衆心離怨此則陛下始謀者大誤也
書き下し
臣嘗て竊かに計るに、始め陛下の爲に謀る者は必ず曰わん、祖宗以來因循苟簡なり。國を治むるの本は當に先ず富強なるべし。則ち以て四夷を鞭笞し、盡く唐の故疆を復す可し。然る後に禮樂を制作して以て太平を文ると。故に青苗錢を散じ、免役法を爲して次第に錢を取り、又た内外に市易務を置く。新制日に下り、更改常無し。官吏の違う者は徙に坐し、赦を以て降さず。監司督責して、刻なるを以て明と爲す。今農は畎畝に怨み、商旅は道路に嘆き、官吏は其の職に安んぜず。恐らくは陛下盡くは知らざるなり。夫れ四夷を攘斥して以て太平を興さんと欲して、先ず邦本をして困搖せしめ、衆心離怨す。此れ則ち陛下の始めに謀る者の大誤なり。
現代語訳
臣がかつてひそかに考えますに、はじめ陛下のために謀った者は、必ずこう申したでしょう。祖宗以来、なりゆき任せで間に合わせにしてきた。国を治める根本は、まず富み強くなることであるべきだ。そうすれば四方の異民族を鞭打ち、唐の旧領をことごとく回復できる。そのうえで礼楽を作り整えて太平を飾る、と。だから青苗銭を貸し出し、免役法を立てて次々に銭を取り、さらに内外に市易務を置きました。新しい制度が日々下り、変更に定まりがありません。違反した官吏は流罪に問われ、恩赦によっても軽減されません。監司は厳しく責め立て、苛酷であることを有能とみなします。いま農民は田畑で怨み、商人は道々で嘆き、官吏はその職に安んじていません。おそらく陛下は、そのすべてをご存じないでしょう。そもそも四方の異民族を攘い斥けて太平を興そうとして、まず国の根本を困り揺るがせ、人々の心を離れさせ怨ませている。これこそ、陛下のために初めに謀った者の大きな誤りであります。
解説
この章句が説くこと
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