宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
神宗自在藩邸即熟聞公與司馬光名及即位首召二人為學士朝論翕然稱得人
新字:神宗自在藩邸即熟聞公与司馬光名及即位首召二人為学士朝論翕然称得人
書き下し
神宗藩邸に在るより即ち公と司馬光の名を熟聞す。即位するに及び首めて二人を召して學士と爲す。朝論翕然として人を得たりと稱す。
現代語訳
神宗は藩邸にあったころから、呂公著と司馬光の名をよく聞いていた。即位すると、まっさきに二人を召して学士とした。朝廷の議論は一致して、人を得たと称えた。
解説
三十二字です。即位してすぐの人事が、その人が何を見て育ったかを表しています。**藩邸にあったころから、呂公著と司馬光の名をよく聞いていた。**位に就いてから探したのではありません。位のないうちに聞いていた名を、就いた日に呼びました。そして反応が揃っています。**朝廷の議論は一致して、人を得たと称えた。**この二人はやがて新法をめぐって天子と対立し、退きます。始まりは満場一致でした。
この章句が説くこと
神宗藩邸に在るより即ち公と司馬光の名を熟聞す即位するに及び首めて二人を召して学士と為す朝論翕然として人を得たりと称す即位人選評判
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