宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
英宗自太廟赴南郊問今之郊與古之郊何如對曰古之郊貴誠尚質今之郊盛儀衛事物采而已
新字:英宗自太廟赴南郊問今之郊与古之郊何如対曰古之郊貴誠尚質今之郊盛儀衛事物采而已
書き下し
英宗太廟より南郊に赴き問う、今の郊と古の郊とは何如と。對えて曰く、古の郊は誠を貴び質を尚ぶ。今の郊は儀衛事物の采を盛んにするのみと。
現代語訳
英宗が太廟から南郊に赴く途中で問うた。「いまの郊祀と古の郊祀とは、どう違うか」。答えて言った。「古の郊祀は誠を貴び、飾らないことを尊びました。いまの郊祀は、儀仗と道具立ての彩りを盛んにするだけです」。
解説
三十八字です。しかも言った場所が、いままさにその郊祀へ向かう道中でした。取り消せる話ではありません。**古の郊祀は誠を貴び、飾らないことを尊びました。**そして、いまを一言で切りました。**儀仗と道具立ての彩りを盛んにするだけです。**大きくなったのは規模で、中身は減っている。祭祀は、手を尽くすほど立派になったように見えます。だからこそ、何を貴んでいるかが入れ替わっても気づきません。
この章句が説くこと
英宗太廟より南郊に赴き問う今の郊と古の郊とは何如古の郊は誠を貴び質を尚ぶ今の郊は儀衛事物の采を盛んにするのみ祭祀形式
関連する章句
-
論語・八佾篇子曰く、『禘は既に灌より往くもの、吾これを観るを欲せざるなり。』
-
呂氏春秋・仲春⑦是の月や、祀に犠牲を用いず、圭璧、更に皮幣を用う。
-
説苑・修文聖人鼓・控・揭・塤・箎を作為し、此の六者を比するに德音の音なり、然る後鐘・磬・竽・瑟以て之を和し、然る後干・戚・旄・狄以て之を舞う。此れ先王の廟を祭る所以なり、此れ酢酳の酬を獻ずる所以なり、官序貴賤各おの其の宜しきを得る所以なり、此れ以て後世に尊卑長幼の序有るを示すべきなり。
-
論語・八佾篇季氏、泰山に旅す。子、冉有に謂いて曰く、『子、止むる能わざるか。』曰く、『能わず。』子曰く、『ああ!曾て泰山は林放に如かずと謂えりや。』
-
孔子家語・好生魯の公索氏、将に祭らんとして其の牲を亡う。孔子之を聞きて曰わく、「公索氏二年に及ばずして将に亡びんとす、後一年にして亡ぶ。」門人問いて曰わく、「昔公索氏其の祭牲を亡いしとき、而して夫子曰わく、二年に及ばずして必ず亡びんと、今期を過ぎて亡ぶ、夫子何を以て其の然るを知るや。」孔子曰わく、「夫れ祭る者は、孝子の以て其の親に自ら尽くす所以なり、将に祭らんとして其の牲を亡う、則ち其の余の亡う所の者多し。此くの如くにして亡びざる者は、未だ之れ有らざるなり。」
-
孔子家語・禮運先王蓍龜を秉り、祭祀を列ね、瘞し、繒し、宣し、祝嘏の辭說、制度を設く。故に國に禮有り、官に御有り、事に職有り、禮に序有り。先王禮の下に達せざるを患う、故に:帝を郊に饗するは、天位を定むる所以なり。社を國に祀るは、地利を列ぬる所以なり。祖廟を禘するは、仁を本づくる所以なり。山川を旅するは、鬼神を儐する所以なり。五祀を祭るは、事を本づくる所以なり。故に宗祝は廟に在り、三公は朝に在り、三老は學に在り、王は巫を前にして史を後にし、卜蓍瞽侑、皆左右に在り。王の中心違う無く、以て至正を守る。是を以て禮郊に行われて、百神職を受く。禮社に行われて、百貨極む可し。禮祖廟に行われて、孝慈服す。禮五祀に行われて、正しく法則す。故に郊、社、祖廟、山川、五祀は、義の脩まりて禮の藏なり。