宋名臣言行録 / 後集巻八・吕公著
公毎進講多傳經義以進規會講論語至人不知而不愠不亦君子乎公言在下而不見知於上者多矣然在上者亦有未見知於下者也故古之人君政令有所未孚人心或有未服則反身修徳而不以愠怒加之如舜之誕敷文德文王之皇自敬德是也上知公意深切毎改容鞠躬如在車之式
新字:公毎進講多伝経義以進規会講論語至人不知而不愠不亦君子乎公言在下而不見知於上者多矣然在上者亦有未見知於下者也故古之人君政令有所未孚人心或有未服則反身修徳而不以愠怒加之如舜之誕敷文徳文王之皇自敬徳是也上知公意深切毎改容鞠躬如在車之式
書き下し
公毎に進講するに多く經義を傳えて以て規を進む。會ミ論語を講じて人知らずして慍らず亦た君子ならずやに至る。公言う、下に在りて上に知られざる者は多し。然れども上に在る者も亦た未だ下に知られざる有るなり。故に古の人君は政令に未だ孚せざる所有り、人心に或いは未だ服せざる有れば、則ち身に反りて德を修めて慍怒を以て之に加えず。舜の文德を誕敷し、文王の皇めて自ら德を敬しむが如き是れなりと。上公の意の深切なるを知り、毎に容を改め鞠躬すること車に在るの式の如し。
現代語訳
公は進講するたびに、多く経の意味を伝えることで戒めを進めた。ちょうど『論語』を講じて「人が知ってくれなくとも怨まない、それもまた君子ではないか」というところに至った。公は言った。「下にいて上に知られない者は多くあります。しかし上にいる者にもまた、下に知られていないところがあるのです。だから古の君主は、政令に行き渡らないところがあり、人心に服さないところがあれば、自分に立ち返って徳を修め、怒りをもってこれに当たることはしませんでした。舜が文徳を広く布き、文王がつとめて自ら徳を慎んだのが、それです」。天子は公の意が深く切実であることを知り、そのたびに姿勢を改め、身をかがめること、車上で軾に礼をするようであった。
解説
誰でも知っている一句を、向きを変えて読みました。もとは、認められない側の心得です。**下にいて上に知られない者は多くあります。**そこで止めずに、聞いている人のほうへ折り返しました。**しかし上にいる者にもまた、下に知られていないところがあるのです。**命令が通らないとき、相手の不服従として処理しない。**政令に行き渡らないところがあり、人心に服さないところがあれば、自分に立ち返って徳を修め、怒りをもってこれに当たることはしませんでした。**
この章句が説くこと
人知らずして慍らず亦た君子ならずや下に在りて上に知られざる者は多し然れども上に在る者も亦た未だ下に知られざる有るなり政令に未だ孚せざる所有れば則ち身に反りて徳を修めて慍怒を以て之に加えず論語反転
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