牧民忠告 / 拜命
命下之日,則拊心自省:有何勛閥行能,膺茲異數?苟要其廩祿,假其威權,惟濟己私,靡思報國,天監伊邇,將不汝容。夫受人直而怠其工,儋人爵而曠其事,己則逸矣,如公道何?如百姓何?
新字:命下之日,則拊心自省:有何勛閥行能,膺茲異数?苟要其廩禄,仮其威権,惟済己私,靡思報国,天監伊邇,将不汝容。夫受人直而怠其工,儋人爵而曠其事,己則逸矣,如公道何?如百姓何?
書き下し
命下るの日、則ち心を拊(う)ちて自ら省みる、何の勛閥(くんばつ)行能ありてか、茲の異数に膺(あた)る、と。苟(いやし)くも其の廩禄(りんろく)を要(もと)め、其の威権を仮(か)り、惟(ただ)己が私を済(な)し、報国を思う靡(な)くんば、天監(てんかん)伊(こ)れ邇(ちか)く、将に汝を容れざらんとす。夫れ人の直(ね)を受けて其の工(こう)を怠り、人の爵を儋(にな)いて其の事を曠(むな)しくせば、己は則ち逸するも、公道を如何(いかん)せん、百姓を如何せん。
現代語訳
辞令が下った日には、まず胸に手を当てて自ら省みるべきである。「自分にどのような功績や才能があって、この破格の任命に値するのか」と。もし俸禄を求め、権威を借りて、ただ自分の利益をはかるだけで国に報いようという思いがないならば、天の監視はすぐそこにあり、そういう者を天は許さないだろう。人から給与を受けながらその仕事を怠り、人から官爵を授かりながらその職務をおろそかにすれば、自分は安逸でいられても、公の道義に対してどうするのか、百姓に対してどうするのか。
解説
「拜命」冒頭に置かれたこの一条は、任命を受けた瞬間にこそ自己吟味を行えという戒めである。俸禄や権威は目的ではなく、職責を果たすための手段にすぎないという前提を、就任の第一声で確認させる構成になっている。地方長官として赴任する官吏に向けた実務書だからこそ、抽象的な徳目ではなく「命下之日」という具体的な瞬間を捉えて自省を促す点に特色がある。現代の管理職にも、昇進や新任のポストを得た日にこそ、自分がその地位に何をもって応えるのかを問い直す姿勢が求められる。
この章句が説くこと
省己自省俸禄報国
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