宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
公初患厯代史繁重學者不能綜况於人主遂約戰國至秦二世如左氏體為通志八巻以進英宗恱之命公讀其書置局秘閣以其素所賢者劉攽劉恕范祖禹為屬官神宗尤重其書以為賢於荀恱親為製序賜名資治通鑑詔邇英讀其書賜潁邸舊書二千四百二巻書成拜資政殿學士仍賜金帛
新字:公初患厯代史繁重学者不能綜況於人主遂約戦国至秦二世如左氏体為通志八巻以進英宗恱之命公読其書置局秘閣以其素所賢者劉攽劉恕范祖禹為属官神宗尤重其書以為賢於荀恱親為製序賜名資治通鑑詔邇英読其書賜潁邸旧書二千四百二巻書成拝資政殿学士仍賜金帛
書き下し
公初め歴代の史の繁重にして學者の綜ぶる能わざるを患う。况んや人主に於いてをや。遂に戰國より秦の二世に至るを約し、左氏の體の如くして通志八巻と爲して以て進む。英宗之を悦び、公に命じて其の書を讀ましめ、局を秘閣に置き、其の素より賢とする所の劉攽・劉恕・范祖禹を以て屬官と爲す。神宗尤も其の書を重んじ、以て荀悦に賢れりと爲し、親ら爲に序を製し、名を賜いて資治通鑑とす。詔して邇英に其の書を讀ましめ、潁邸の舊書二千四百二巻を賜う。書成りて資政殿學士に拜し、仍お金帛を賜う。
現代語訳
司馬光ははじめ、歴代の史書が煩雑で重く、学ぶ者が全体をつかめないことを憂えた。まして君主においてはなおさらである。そこで戦国から秦の二世に至るまでを縮め、『春秋左氏伝』の体裁にならって『通志』八巻として進上した。英宗はこれを喜び、司馬光に命じてその書を読ませ、編纂の局を秘閣に置き、かねてから賢とみなしていた劉攽・劉恕・范祖禹を属官とした。神宗はとりわけその書を重んじ、荀悦よりすぐれているとして、自ら序を作り、名を賜って『資治通鑑』とした。詔して邇英閣でその書を読ませ、潁王邸の旧蔵書二千四百二巻を賜った。書が完成して資政殿学士に任じられ、あわせて金と絹を賜った。
解説
大事業の出発点が、不満ではなく困りごとでした。**歴代の史書が煩雑で重く、学ぶ者が全体をつかめないことを憂えた。まして君主においてはなおさらである。**いちばん読む必要のある人が、いちばん読めない。だから最初にしたのは、新しく書くことではなく縮めることでした。**戦国から秦の二世に至るまでを縮め、八巻として進上した。**八巻の試作が通って、局が立ち、人が付き、名が下ります。**名を賜って『資治通鑑』とした。**
この章句が説くこと
公初め歴代の史の繁重にして学者の綜ぶる能わざるを患う況んや人主に於いてをや遂に戦国より秦の二世に至るを約し通志八巻と為して以て進む神宗親ら為に序を製し名を賜いて資治通鑑とす編纂通読
関連する章句
-
『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光甲寅、予初めて經筵に赴く。上自ら資治通鑑の序を製し自ら書して、以て光に授く。光受けて讀み、降りて再拜す。三家を諸侯と爲すの論を讀む。上禹玉等を顧みて美を稱すること久し。
-
『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光特に公は新法罷まざるを以て義として起つ可からず。元豐の官制成る。帝曰く、官制將に行われんとす。新舊の人を取りて兩つながら用いんと欲すと。又た曰く、御史大夫は光に非ざれば不可なりと。蔡確進みて曰く、國是方に定まる。願わくは少しく之を俟てと。王珪も亦た□其の説。元豐七年秋に至り、資治通鑑成りて御に進む。時に公を資政殿學士に拜し、帶を賜うこと二府の品數の如き者なり。修書官も亦た秩を遷る。范祖禹及び公の子康を召して館職と爲す。時に帝初め疾を感じ、既に安んじて宰輔に語りて曰く、來春儲を建てん。司馬光・呂公著を以て師保と爲さんと。神宗の公を知ること深きこと此くの如し。
-
『宋名臣言行録』後集巻十三・范祖禹熙寧三年、温公歷代君臣の事迹を修む。公を辟して同に編修せしむ。又た劉攽・劉恕を辟す。温公洛に歸るに及び、詔して其の属を以て自ら隨わしむるを聽す。而して二公は官所に在り。獨り公のみ洛に在り。温公專ら書局の事を以て之に属す。故に公此の書に於いて力を致すこと尤も多し。
-
『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光邇英に通鑑を進讀すること三葉にして畢わる。上更に一葉半を讀ましむ。讀みて蘇秦の六國を約して從とするに至る。上曰く、蘇秦・張儀は三寸の舌を掉りて乃ち能く是くの如きかと。光曰く、臣の其の事を書に存する所以は、當時の風俗の專ら辯説を以て相い髙しとし、人君國を委ねて之を聽くを見わさんと欲するなり。此れ所謂利口は邦家を覆す者なりと。上曰く、卿の進讀は毎に規諫を存すと。光曰く、敢えて然るに非ざるなり。著述の本意を陳べんと欲するのみと。
-
『宋名臣言行録』後集巻十四・劉恕英宗雅より稽古を好む。詔して光をして歷代君臣の事を編次せしむ。仍お光に謂いて曰く、卿自ら館閣の英才を擇びて共に之を修めよ、と。光對えて曰く、館閣の文學の士は誠に多し。史學に專精するに至りては、臣の得て知る所の者は、惟だ和川令劉恕一人のみ、と。上曰く、善し、と。退きて即ち奏して之を召し、與に共に書を修む。史事の紛錯して治め難き者は、則ち以て之に委ぬ。光成るを蒙るのみ。
-
『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光邇英に通鑑を讀む。賈山の上疏、因りて諫に從うの美、諫を拒むの禍を言う。上曰く、舜は讒説殄行を堲む。若し臺諫欺罔して讒を爲さば、安んぞ黜けざるを得んやと。光曰く、進讀之に及ぶのみ。時事は臣敢えて論ぜざるなりと。