宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
邇英進讀通鑑三葉畢上更命讀一葉半讀至蘇秦約六國從事上曰蘇秦張儀掉三寸舌乃能如是乎光曰臣所以存其事於書者欲見當時風俗專以辯說相髙人君委國而聽之此所謂利口覆邦家者也上曰卿進讀毎存規諌光曰非敢然也欲陳著述之本意耳
新字:邇英進読通鑑三葉畢上更命読一葉半読至蘇秦約六国従事上曰蘇秦張儀掉三寸舌乃能如是乎光曰臣所以存其事於書者欲見当時風俗専以弁説相高人君委国而聴之此所謂利口覆邦家者也上曰卿進読毎存規諌光曰非敢然也欲陳著述之本意耳
書き下し
邇英に通鑑を進讀すること三葉にして畢わる。上更に一葉半を讀ましむ。讀みて蘇秦の六國を約して從とするに至る。上曰く、蘇秦・張儀は三寸の舌を掉りて乃ち能く是くの如きかと。光曰く、臣の其の事を書に存する所以は、當時の風俗の專ら辯説を以て相い髙しとし、人君國を委ねて之を聽くを見わさんと欲するなり。此れ所謂利口は邦家を覆す者なりと。上曰く、卿の進讀は毎に規諫を存すと。光曰く、敢えて然るに非ざるなり。著述の本意を陳べんと欲するのみと。
現代語訳
邇英閣で『資治通鑑』を進講すること三葉で終えた。天子はさらに一葉半を読むよう命じた。読み進めて、蘇秦が六国を約束させて合従とするところに至った。天子は言った。「蘇秦や張儀は、三寸の舌を振るってこれほどのことができたのか」。司馬光は言った。「臣がその事を書に残した理由は、当時の風俗がもっぱら弁舌をもって互いに高しとし、君主が国を委ねてそれに従ったさまを示したかったからです。これがいわゆる『口の達者が国家を覆す』ということです」。天子は言った。「卿の進講には、いつも戒めが込められている」。司馬光は言った。「あえてそうしているのではありません。著述の本来の意図を述べているだけです」。
解説
天子が感嘆したところに、書いた意図を出した条です。**蘇秦や張儀は、三寸の舌を振るってこれほどのことができたのか。**すごい、という受け取り方でした。編者の意図は逆です。**当時の風俗がもっぱら弁舌をもって互いに高しとし、君主が国を委ねてそれに従ったさまを示したかったからです。**弁の立つ者に国を預けた記録として書いた、と。そして戒めだと指摘されて、否定しています。**あえてそうしているのではありません。著述の本来の意図を述べているだけです。**
この章句が説くこと
蘇秦張儀は三寸の舌を掉りて乃ち能く是くの如きか当時の風俗の専ら弁説を以て相い高しとし人君国を委ねて之を聴く此れ所謂利口は邦家を覆す者なり卿の進読は毎に規諫を存す弁舌記録
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