宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
元祐初温公輔政是嵗天下斷死刑千人其後二吕繼之嵗嘗數倍此豈智力所能勝邪
新字:元祐初温公輔政是歳天下断死刑千人其後二呂継之歳嘗数倍此豈智力所能勝邪
書き下し
元祐の初め、温公政を輔く。是の歳、天下死刑を斷ずること千人。其の後二呂之に繼ぐに、歳に嘗て數倍す。此れ豈に智力の能く勝つ所ならんや。
現代語訳
元祐のはじめ、司馬光が政を輔けた。この年、天下で死刑を裁決したのは千人であった。その後、二人の呂氏がこれを継ぐと、年ごとにその数倍に及んだ。これがどうして、智恵や力で及ぶところであろうか。
解説
三十四字が、数字だけで一つのことを言っています。法は変わっていません。裁く人も、地方の役人のままです。変わったのは、いちばん上に誰がいるかだけでした。**その後、二人の呂氏がこれを継ぐと、年ごとにその数倍に及んだ。**そして最後の一句が、これを個人の能力の話から外しています。**これがどうして、智恵や力で及ぶところであろうか。**上に立つ人の気風が、誰も指示していないところまで届く。数でしか見えない種類の影響です。
この章句が説くこと
元祐の初め温公政を輔く是の歳天下死刑を断ずること千人其の後二呂之に継ぐに歳に嘗て数倍す此れ豈に智力の能く勝つ所ならんや刑罰上位
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