宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
遂罷保甲團教依義勇法嵗一閱保馬法不復買見在者還監牧給諸軍廢市易法所儲物皆鬻之不取息而民所欠錢皆除其息京東鑄鐵錢河北江西福建湖南鹽及福建茶法皆復其舊獨川陜茶以邉用未罷遣使相視去其甚者戸部左右曹錢穀皆領之尚書凡昔之三司使事有散□五曹及寺監者皆歸戸部使尚書周知其數量入以為出
新字:遂罷保甲団教依義勇法歳一閱保馬法不復買見在者還監牧給諸軍廃市易法所儲物皆鬻之不取息而民所欠銭皆除其息京東鋳鉄銭河北江西福建湖南塩及福建茶法皆復其旧独川陜茶以邉用未罷遣使相視去其甚者戸部左右曹銭穀皆領之尚書凡昔之三司使事有散□五曹及寺監者皆帰戸部使尚書周知其数量入以為出
書き下し
遂に保甲の團教を罷め、義勇の法に依り歳に一たび閲す。保馬法は復た買わず、見在の者は監牧に還して諸軍に給す。市易法を廢し、儲うる所の物は皆之を鬻ぎて息を取らず。而して民の欠く所の錢は皆其の息を除く。京東の鑄鐵錢、河北・江西・福建・湖南の鹽及び福建の茶法は皆其の舊に復す。獨り川陝の茶のみ邊用を以て未だ罷めず。使を遣わして相視、其の甚だしき者を去る。戸部左右曹の錢穀は皆之を尚書に領せしむ。凡そ昔の三司使の事にして五曹及び寺監に散□する有る者は皆戸部に歸し、尚書をして周く其の數を知り、入を量りて以て出を爲さしむ。
現代語訳
そこで保甲の集団訓練を廃し、義勇の法にならって年に一度検閲することとした。保馬法は再び馬を買わず、現にある馬は監牧に返して諸軍に配った。市易法を廃し、蓄えていた品はみな売って利息を取らなかった。そして民が滞納していた銭は、みなその利息を免除した。京東の鋳鉄銭、河北・江西・福建・湖南の塩および福建の茶法は、みな元に戻した。ただ川陝の茶だけは辺境の費用のためにまだ廃止せず、使いを遣わして視察させ、ひどいものを除いた。戸部の左右曹の銭と穀は、みな尚書に統轄させた。およそ昔の三司使の事務で、五曹および寺監に散〔一字を欠く〕しているものはみな戸部に帰し、尚書にその数を余さず把握させ、入るものを計って出るものを決めさせた。
解説
廃止の実務が、一つずつ数え上げられています。目を引くのは、やめ方に段差があることです。全廃したもの、頻度を落としたもの、視察してひどいものだけ除いたもの。**ただ川陝の茶だけは辺境の費用のためにまだ廃止せず、使いを遣わして視察させ、ひどいものを除いた。**そして最後に一つ、新しく作りました。**尚書にその数を余さず把握させ、入るものを計って出るものを決めさせた。**散らばっていた財の帳簿を一か所に集める。戻すだけでは終わっていません。
この章句が説くこと
遂に保甲の団教を罷め義勇の法に依り歳に一たび閲す市易法を廃し儲うる所の物は皆之を鬻ぎて息を取らず独り川陝の茶のみ辺用を以て未だ罷めず尚書をして周く其の数を知り入を量りて以て出を為さしむ廃止復旧
関連する章句
-
『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著官制の滯りを救うは則ち曰く、官制を更新して以て吏治を覈正す。今に至るまで頒行に緒無し。以て四方に寵を啓き譏を後世に貽す有りと。是に於いて二公と同志の者は建請して、常平の舊法を以て青苗を改め、嘉祐の差役を以て募役を參改し、保馬を罷めて以て監牧を復し、保甲の教選を損じて以て農作に便にし、市易の令を除き、茶鹽の禁を寛にし、邊砦を賜い、亡民を贖い、西戎と和す。是に於いて民讙呼鼓舞して以て便と爲す。
-
『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著公始め司馬光と輔政す。是に於いて共に先帝の意を推本す。蓋し四夷を鞭笞して以て中國を疆くし、邦財を阜蕃して以て其の費を佐けんと欲す。有司の奉行其の本㫖を失う。先帝固より嘗て之を患えたり。故に更めんと欲して未だ暇あらざると、已に更めて未だ定まらざるとあり。其の詔墨記言具に在りて考う可き者に若干事有り。
-
『宋名臣言行録』後集巻六・曾公亮樞府に在りて圖籍を更制し、以て四方の兵數の多少・登耗、三路の屯戍の衆寡、地里の遠近を周く知る。相位に在るに及び、政事は民に仁なるを先と爲すと謂う。故に其の志は尤も民の疾苦する所を去りて其の窮乏を補助するに急なり。茶禁を罷め弛めて之を民に歸し、戸絶の田を籍して其の租を收めて廣惠倉と爲し、以て窮獨に廩食す。其の他の施設も多く此に類す。
-
『宋名臣言行録』後集巻八・吕公著初め温公議す、凡そ役人は皆人を雇いて以て代わるを許さずと。然れども東南及び西蜀の諸路の民に髙貲有り、或いは子弟儒を業とす。皆當に弓手と爲りて賤役を執るべし。既に募代を許さず、甚だ之に苦しむ。公其の弊を聞き、即ち令して一切雇募を聽す。民情大いに悦ぶ。
-
『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光是に於いて四方の吏民の新法の不便を言う者數千人。公方に當に行うべき所の者を草具す。而して太后已に㫖有り、京城の邏卒を散遣し、皇城内の覘者を罷減し、御前の工作を止め、近侍の無狀なる者三千餘人を出し、中外を戒飭して敢えて苛刻暴斂する無からしめ、導洛司・物貨場及び民間の戸馬を廢し、保馬の限を寛にす。皆中より出でて大臣與らず。公上疏して謝す、當今の急務、陛下已に略ミ之を行えり。小臣の稽慢、罪當に萬死すべしと。
-
『宋名臣言行録』後集巻六・王安石元祐の初め、溫公差役を復して雇役を改む。子厚議して曰く、保甲・保馬は一日罷めざれば一日の害有り。役法の如きは則ち熙寧の初め雇役を以て差役に代う。之を議すること詳らかならず、之を行うこと太だ速し。故に後に弊有り。今復た差役を以て雇役に代う。當に詳議熟講して庶幾わくは行う可し。而して限りて五日に止むるは太だ速し。後に必ず弊有らんと。溫公以て然らずと爲す。子厚罪せられて去る。