宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
公居洛嘗同范景仁登嵩頂由轘轅道至龍門涉伊水至香山憇石樓臨八節灘凡所經從多有詩什自作序曰逰山錄士大夫争傳之公不喜肩輿山中亦乘馬路險䇿杖以行故嵩山題字云登山有道徐行則不困措足於平穩之地則不跌慎之哉
新字:公居洛嘗同范景仁登嵩頂由轘轅道至竜門渉伊水至香山憇石楼臨八節灘凡所経従多有詩什自作序曰遊山録士大夫争伝之公不喜肩輿山中亦乗馬路険策杖以行故嵩山題字云登山有道徐行則不困措足於平穏之地則不跌慎之哉
書き下し
公洛に居り、嘗て范景仁と同じく嵩の頂に登り、轘轅の道より龍門に至り、伊水を渉りて香山に至り、石樓に憩い、八節灘に臨む。凡そ經從する所多く詩什有り。自ら序を作りて逰山錄と曰う。士大夫爭いて之を傳う。公肩輿を喜ばず、山中も亦た馬に乘り、路險しければ杖を策きて行く。故に嵩山の題字に云う、山に登るに道有り。徐ろに行けば則ち困しまず。足を平穩の地に措けば則ち跌かず。之を慎めやと。
現代語訳
司馬光は洛陽に住み、かつて范鎮とともに嵩山の頂に登り、轘轅の道から龍門に至り、伊水を渡って香山に至り、石楼に憩い、八節灘に臨んだ。通り過ぎたところにはたいてい詩があった。自ら序を作って『遊山録』と名づけた。士大夫は争ってこれを伝えた。司馬光は輿を好まず、山の中でもやはり馬に乗り、道が険しければ杖をついて歩いた。だから嵩山の題字にこうある。「山に登るには道がある。ゆっくり行けば疲れない。足を平らな所に置けば転ばない。これを慎め」。
解説
洛陽に退いていた時期の、山歩きの記録です。書かれた心得が、当たり前すぎるほど当たり前でした。**ゆっくり行けば疲れない。足を平らな所に置けば転ばない。**誰でも知っています。しかし山では、急ぐか、危ない所に足を置くかで、たいてい失敗する。人に担がせなかったところにも同じものが出ています。**司馬光は輿を好まず、山の中でもやはり馬に乗り、道が険しければ杖をついて歩いた。**自分の足で登った人の言葉だから残りました。
この章句が説くこと
公洛に居り嘗て范景仁と同じく嵩の頂に登る公肩輿を喜ばず山中も亦た馬に乗り路険しければ杖を策きて行く山に登るに道有り徐ろに行けば則ち困しまず足を平穏の地に措けば則ち跌かず之を慎めや登山心得
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