宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
公嘗問康節曰光何如人曰君實脚□實地人也公深以為知言康節又曰君實九分人也其重之如此
新字:公嘗問康節曰光何如人曰君実脚□実地人也公深以為知言康節又曰君実九分人也其重之如此
書き下し
公嘗て康節に問いて曰く、光は何如なる人ぞと。曰く、君實は脚□實地の人なりと。公深く以て知言と爲す。康節又た曰く、君實は九分の人なりと。其の之を重んずること此くの如し。
現代語訳
司馬光がかつて邵雍に問うて言った。「光はどういう人間か」。邵雍は言った。「君実は足が〔一字を欠く〕地に着いている人だ」。司馬光は深くこれを的を射た言葉とした。邵雍はまた言った。「君実は十のうち九まで行っている人だ」。その重んじようは、これほどであった。
解説
四十字です。自分から評を求め、返ってきた言葉を深く受け取っています。**君実は足が地に着いている人だ。**才でも徳でもなく、立っている場所の話でした。**司馬光は深くこれを的を射た言葉とした。**言われて嬉しい評ではありませんが、当人がいちばん当たっていると感じた。もう一つの評が、褒めきらないところで止めています。**君実は十のうち九まで行っている人だ。**十と言わないことが、この評者の誠実さです。
この章句が説くこと
公嘗て康節に問いて曰く光は何如なる人ぞ君実は脚実地の人なり公深く以て知言と為す康節又た曰く君実は九分の人なり評地道
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