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宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光

潞公謂温公曰彦博留守北京遣人入大遼偵事囘云見虜主大宴羣臣伶人劇戯作衣冠者見物必攫取懷之有從其後以鞭扑之者曰司馬端明邪君實清名在夷狄如此公愧謝

新字:潞公謂温公曰彦博留守北京遣人入大遼偵事囘云見虜主大宴羣臣伶人劇戯作衣冠者見物必攫取懐之有従其後以鞭扑之者曰司馬端明邪君実清名在夷狄如此公愧謝

書き下し

潞公温公に謂いて曰く、彦博北京に留守せしとき、人を遣わして大遼に入りて事を偵らしむ。囘りて云う、虜主の羣臣に大宴するを見る。伶人劇戯して、衣冠せる者の物を見れば必ず攫取して之を懷にするを作す。其の後に從いて鞭を以て之を扑つ者有りて曰く、司馬端明かと。君實の清名の夷狄に在ること此くの如し。公愧謝す。

現代語訳

文彦博が司馬光に言った。「私が北京の留守であったとき、人を遣わして大遼に入り、事情を探らせた。戻って言うには、契丹の主が群臣に大宴を張っているのを見た。役者が芝居をして、衣冠を着けた者が物を見れば必ずつかみ取って懐に入れる、という役をやった。その後ろから鞭でこれを打つ者が出てきて言った。〈司馬端明のおつもりか〉」。君実の清らかな名が異国にまで及んでいることは、これほどであった。司馬光は恥じ入って礼を述べた。

解説

名が届いていた証拠が、こちらの記録ではなく、向こうの宴席の笑いでした。芝居の役柄は、見るもの全部を懐に入れる役人です。そこへ鞭が入って一言。**司馬端明のおつもりか。**清廉の代名詞として使われている。名指しで褒めた場面ではなく、皮肉の材料として出てきたところが、かえって浸透の深さを示します。本人の反応も短い。**司馬光は恥じ入って礼を述べた。**

この章句が説くこと

彦博北京に留守せしとき人を遣わして大遼に入りて事を偵らしむ伶人劇戯して衣冠せる者の物を見れば必ず攫取して之を懐にするを作す其の後に従いて鞭を以て之を扑つ者有りて曰く司馬端明か君実の清名の夷狄に在ること此くの如し清名外交

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