宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
熈寧七年上以天下旱蝗詔求直言公讀詔泣下欲黙不忍乃復陳六事一青苗二免役三市易四邉事五保甲六水利此尤病民者宜先罷又以書責宰相吳充曰天子仁聖如此而公不言何也
新字:熈寧七年上以天下旱蝗詔求直言公読詔泣下欲黙不忍乃復陳六事一青苗二免役三市易四邉事五保甲六水利此尤病民者宜先罷又以書責宰相吳充曰天子仁聖如此而公不言何也
書き下し
熙寧七年、上天下の旱蝗を以て詔して直言を求む。公詔を讀みて泣を下し、默せんと欲するも忍びず。乃ち復た六事を陳ぶ。一に青苗、二に免役、三に市易、四に邊事、五に保甲、六に水利。此れ尤も民を病ましむる者なり。宜しく先ず罷むべしと。又た書を以て宰相吳充を責めて曰く、天子の仁聖此くの如くして公の言わざるは何ぞやと。
現代語訳
熙寧七年、天子は天下の旱と蝗の害によって、詔して率直な言葉を求めた。司馬光は詔を読んで涙を落とし、黙っていようとしたが堪えられなかった。そこであらためて六つの事を述べた。一に青苗、二に免役、三に市易、四に辺境の事、五に保甲、六に水利。これらはとりわけ民を苦しめるものです。まず廃止すべきです、と。また手紙で宰相の呉充を責めて言った。「天子の仁と聖明がこれほどでいらっしゃるのに、公が言わないのはどういうことか」。
解説
退いていた人が、詔一通で口を開いた条です。**司馬光は詔を読んで涙を落とし、黙っていようとしたが堪えられなかった。**黙るつもりだったと書いてあります。そして述べ方が具体的でした。六つ数え上げ、その中で先にすべきものを指しています。**これらはとりわけ民を苦しめるものです。まず廃止すべきです。**さらに、在職している宰相のほうを責めました。**天子の仁と聖明がこれほどでいらっしゃるのに、公が言わないのはどういうことか。**言える場所にいる人が言わない、と。
この章句が説くこと
熙寧七年上天下の旱蝗を以て詔して直言を求む公詔を読みて泣を下し黙せんと欲するも忍びず一に青苗二に免役三に市易四に辺事五に保甲六に水利天子の仁聖此くの如くして公の言わざるは何ぞや詔直言
関連する章句
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説苑・雜言子石、呉山に登りて四望し、喟然として歎息して曰く、「嗚呼悲しいかな。世に事情に明らかにして人心に合わざる者有り、人心に合いて事情に明らかならざる者有り」と。弟子問いて曰く、「何の謂いぞや」と。子石曰く、「昔者、呉王夫差、伍子胥の言を聴かず、忠を尽くし極めて諫めしも、目を抉られて辜せらる。太宰嚭・公孫雒は、偷かに合し苟くも容れられ、以て夫差の志に順いて呉を伐たしむ。二子は身を江湖に沈められ、頭は越の旗に懸けらる。昔者、費仲・惡來革・長鼻決耳、崇侯虎は紂の心に順い、意に合わんと欲せしも、武王紂を伐ちて、四子は身を牧野に死し、頭足所を異にす。比干は忠を尽くして心を剖かれて死す。今、事情を明らかにせんと欲すれば、目を抉られ心を剖かるるの禍い有らんことを恐れ、人心に合わんと欲すれば、頭足所を異にするの患い有らんことを恐る。是に由りて之を観れば、君子の道狭きのみ。誠に其の明主に逢わずんば、狭道の中、又将に危険閉塞して、従いて出づ可き無からんとす」と。
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