宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
則以書喻安石三往反開諭切至猶幸安石之聽而改也且曰巧言令色鮮矣仁夫忠信之士於公當路時雖齟齬可憎後必徐得其力謟䛕之人於今誠有順適之快一旦失勢必有賣公以自售者意謂吕惠卿對賔客輙指言之曰覆王氏者必惠卿也小人本以利合勢傾利移何所不至其後六年而惠卿叛安石由是天下服公先知
新字:則以書喻安石三往反開諭切至猶幸安石之聴而改也且曰巧言令色鮮矣仁夫忠信之士於公当路時雖齟齬可憎後必徐得其力謟䛕之人於今誠有順適之快一旦失勢必有売公以自售者意謂呂恵卿対賔客輙指言之曰覆王氏者必恵卿也小人本以利合勢傾利移何所不至其後六年而恵卿叛安石由是天下服公先知
書き下し
則ち書を以て安石に喩すこと三たび往反す。開諭切至、猶お安石の聽きて改むるを幸いとするなり。且つ曰く、巧言令色、鮮ないかな仁。夫れ忠信の士は、公の當路の時に於いては齟齬にして憎む可しと雖も、後に必ず徐ろに其の力を得ん。諂諛の人は、今に於いて誠に順適の快有るも、一旦勢いを失わば必ず公を賣りて以て自ら售る者有らんと。意は呂惠卿を謂うなり。賓客に對して輒ち指して之を言いて曰く、王氏を覆す者は必ず惠卿なり。小人は本と利を以て合す。勢い傾き利移らば何の至らざる所ぞと。其の後六年にして惠卿安石に叛く。是に由りて天下公の先知を服す。
現代語訳
そこで手紙で王安石に説くこと三度にわたった。説き諭すことは切実に行き届き、なお王安石が聴いて改めることを願っていた。そのうえで言った。「巧みな言葉と作り顔には、仁が少ない。そもそも忠実で信のある士は、公が権力の座にあるときはぎくしゃくして憎らしく思えても、後には必ずしだいにその力を得られる。へつらう人は、いまはまことに調子が合って心地よくとも、ひとたび勢いを失えば、必ず公を売って自分を売り込む者が出る」。その意は呂恵卿を指している。客に向かって、そのつど名指しして言った。「王氏を覆すのは、必ず恵卿である。小人はもともと利によって結びつく。勢いが傾き利が移れば、どこまでも行く」。その後六年して、恵卿は王安石に背いた。これによって天下は司馬光の先見に感服した。
解説
この章句が説くこと
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論語・顔淵篇子貢、友を問う。子曰く、「忠告して善く之を道き、不可なれば則ち止む。自ら辱めらるること毋かれ。」
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人物志・八觀正言は訐に似て情忠なり。
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論語・季氏篇孔子曰く、禄の公室を去ること、五世なり。政の大夫に逮ぶこと、四世なり。故に夫の三桓の子孫、微なり。
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葉隠・聞書第二恩を受けたる人、懇意の人、味方の人には、たとひ悪事ありとも潜(ひそ)かに意見いたし、世間にはよき様に取成(とりな)し、悪名を云ひふさぎ、誉め立て、無二の味方、一騎当千になり、内にてよく受け候様に意見すれば、疵(きず)も直り、よき者になるなり。誉め立て候へば、よくなさねば置かぬ念願なりと。
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