葉隠 / 聞書第二
恩を受けたる人、懇意の人、味方の人には、たとひ惡事ありとも潛かに意見いたし、世間にはよき樣に取成し、惡名を云ひふさぎ、譽め立て、無二の味方、一騎當千になり、内にてよく受け候樣に意見すれば、疵も直り、よき者になるなり。譽め立て候へば、よくなさねば置かぬ念願なりと。
新字:恩を受けたる人、懇意の人、味方の人には、たとひ悪事ありとも潜かに意見いたし、世間にはよき様に取成し、悪名を云ひふさぎ、誉め立て、無二の味方、一騎当千になり、内にてよく受け候様に意見すれば、疵も直り、よき者になるなり。誉め立て候へば、よくなさねば置かぬ念願なりと。
書き下し
恩を受けたる人、懇意の人、味方の人には、たとひ悪事ありとも潜(ひそ)かに意見いたし、世間にはよき様に取成(とりな)し、悪名を云ひふさぎ、誉め立て、無二の味方、一騎当千になり、内にてよく受け候様に意見すれば、疵(きず)も直り、よき者になるなり。誉め立て候へば、よくなさねば置かぬ念願なりと。
現代語訳
他人の悪事もまた慈悲の心の中に包み込み、必ず善くしてやろうと念じよ。恩を受けた人、親しい人、味方の人には、たとえ悪事があっても、こっそりと忠告し、世間には良いように取りなし、悪い評判を打ち消し、褒めそやし、無二の味方・一騎当千の者となって、その人が内心で素直に受け入れられるように忠告すれば、欠点も直り、良い人間になるものだ。褒めて立ててやれば、(本人も期待に応えて)善くならずにはいられなくなる、という願いなのである。
解説
前条の「慈悲門」の考えを、人の過ちへの具体的な対処に広げた一条です。親しい人に悪事があっても、表立って責めるのではなく、陰でそっと忠告し、世間には取りなして悪評を打ち消し、むしろ褒めて立ててやる。そうして本人が素直に受け入れられる状況を作れば、欠点は直り、良い人間になっていく、というのです。「褒めることで、期待に応えずにいられなくなる」という洞察は、人を責めて変えるのではなく、信頼と敬意で伸ばすという発想です。他人の欠点をあげつらいがちな現代において、人育ての知恵として、また部下や仲間との向き合い方として、そのまま活かせる示唆に富んだ一条です。
この章句が説くこと
葉隠慈悲門人育て忠告褒めて伸ばす信頼
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