宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
上言安石不好官職及自奉養可謂賢者光曰安石誠賢但性不曉事而愎此其短也又不當信任吕惠卿惠卿真奸邪而為安石謀主安石為之力行故天下并指安石為奸邪也
新字:上言安石不好官職及自奉養可謂賢者光曰安石誠賢但性不暁事而愎此其短也又不当信任呂恵卿恵卿真奸邪而為安石謀主安石為之力行故天下并指安石為奸邪也
書き下し
上言う、安石は官職及び自ら奉養するを好まず。賢者と謂う可しと。光曰く、安石は誠に賢なり。但だ性は事を曉らずして愎なり。此れ其の短なり。又た當に呂惠卿を信任すべからず。惠卿は眞に奸邪にして安石の謀主と爲る。安石之が爲に力行す。故に天下は并せて安石を指して奸邪と爲すなりと。
現代語訳
天子は言った。「安石は官職も、自分の暮らし向きを厚くすることも好まない。賢者と言ってよい」。司馬光は言った。「安石はまことに賢者です。ただ、その性質が実情に通じておらず、しかも頑なです。これがその短所です。そのうえ呂恵卿を信任すべきではありません。恵卿はまことによこしまで、安石の謀の主となっています。安石はそのために力を尽くして実行しています。だから天下はあわせて安石を指して、よこしまだとしているのです」。
解説
生涯の論敵についての評が、四つに分かれています。まず認めるところ。**安石はまことに賢者です。**次に短所を二つ。**その性質が実情に通じておらず、しかも頑なです。**そして三つ目が、この人の見立ての要でした。**呂恵卿を信任すべきではありません。恵卿はまことによこしまで、安石の謀の主となっています。**本人ではなく、参謀のほうを指しています。そして世評の食い違いまで説明しました。**だから天下はあわせて安石を指して、よこしまだとしているのです。**
この章句が説くこと
安石は官職及び自ら奉養するを好まず賢者と謂う可し安石は誠に賢なり但だ性は事を暁らずして愎なり此れ其の短なり又た当に呂恵卿を信任すべからず故に天下は并せて安石を指して奸邪と為すなり人物評長所
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『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光上又た曰く、安石は何如と。光曰く、人の安石を姦邪と言うは則ち之を毀ること太だ過ぐ。但だ事を曉らず、又た執拗なるのみと。上曰く、韓琦は敢えて事に當たる。富弼に賢れり。但だ木強なるのみと。光曰く、琦は實に國家に忠なるの心有り。但だ非を遂ぐるを好む。此れ其の短ずる所なりと。上因りて問いて呂惠卿に至る。光曰く、惠卿は憸巧にして佳士に非ず。安石をして謗を負わしむるは中外皆惠卿の爲す所なり。近日不次に進用す。大いに衆心に合わずと。上曰く、惠卿は明辨、亦た美才に似たりと。光曰く、惠卿の文學辨慧は誠に聖旨の如し。然れども用心は端ならず。陛下更に徐ろに之を察せよ。江充・李訓、若し才無くんば何を以て人主を動かさんと。
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『宋名臣言行録』後集巻十・韓維初め公と王安石と雅ミ相い厚善なり。安石執政するに及び、公國事を議して始めて異同多し。是に至りて議者三經の義を廢せんと欲す。公以爲えらく、安石の經義は宜しく先儒の説と並び行わるべし。當に廢すべからずと。司馬光と公と平生の交わり。俱に耆舊を以て進用せらる。事に臨むに至りては未だ嘗て一語も附合せず。務めて茍同を爲さず。人其の平らかなるに服す。