宋名臣言行録 / 後集巻七・司馬光
除御史中丞上疏論修心之要三曰仁曰明曰武治國之要三曰官人曰信賞曰必罰其說甚備且曰臣昔為諌官即以此六言獻仁宗其後以獻英宗今以獻陛下平生學力所得盡在是矣
新字:除御史中丞上疏論修心之要三曰仁曰明曰武治国之要三曰官人曰信賞曰必罰其説甚備且曰臣昔為諌官即以此六言献仁宗其後以献英宗今以献陛下平生学力所得尽在是矣
書き下し
御史中丞を除せらる。上疏して脩心の要三を論ず。仁と曰い明と曰い武と曰う。治國の要三を論ず。官人と曰い信賞と曰い必罰と曰う。其の説甚だ備わる。且つ曰く、臣昔諫官と爲り、即ち此の六言を以て仁宗に獻ず。其の後以て英宗に獻じ、今以て陛下に獻ず。平生の學力の得る所は盡く是に在りと。
現代語訳
御史中丞に任じられた。上疏して、心を修める要点三つを論じた。仁と言い、明と言い、武と言う。国を治める要点三つを論じた。人を官に就けること、賞を確実に与えること、罰を必ず行うこと。その説はきわめて行き届いていた。そのうえで言った。「臣は昔、諫官となり、この六つの言葉をもって仁宗に献じました。その後これをもって英宗に献じ、いまこれをもって陛下に献じます。生涯の学びの力によって得たものは、ことごとくここにあります」。
解説
三代の天子に、同じ六字を出し続けた記録です。中身は簡素でした。**仁と言い、明と言い、武と言う。****人を官に就けること、賞を確実に与えること、罰を必ず行うこと。**新しいことを何一つ言っていません。そして自分から、それを申告しています。**この六つの言葉をもって仁宗に献じました。その後これをもって英宗に献じ、いまこれをもって陛下に献じます。**使い回しだと言われかねない告白を、そのまま添えました。**生涯の学びの力によって得たものは、ことごとくここにあります。**
この章句が説くこと
脩心の要三を論ず仁と曰い明と曰い武と曰う治国の要三を論ず官人と曰い信賞と曰い必罰と曰う臣昔諫官と為り即ち此の六言を以て仁宗に献ず平生の学力の得る所は尽く是に在り一貫要点
関連する章句
-
『韓非子』難言第三多言繁稱にして、類を連ね物を比ぶれば
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「博く學びて詳かに之を說くは、將に以て反って約を說かんとすればなり。」 <解説> 孔子の教学の要旨とされている、「博文約礼」について述べられた節である。『論語』第六雍也篇に「君子博く文を学びて、之を約するに禮を以てせば、亦た以て畔かざるべきか。」とある。この文章の趣旨と合わせて、この節を理解すべきである。
-
『宋名臣言行録』後集巻十三・范祖禹公書局に在りて唐史を分職す。其の成敗治亂得失の迹を考え、其の機要を撮り、論次して書を成す。名づけて唐鑑と曰う。元祐元年、上奏して其の書を進む。
-
『宋名臣言行録』前集巻八・王徳用寳元・慶厯の間より、元昊叛き、河西の兵、久しく功無し。士大夫、争いて計䇿を進め、改作する所多し。公笑いて曰く、奈何ぞ紛紛たる。兵法は是くの如くならず。士をして畏愛を知らしめて、怯者は勇に、勇者は驕らざらしむ。吾が勝つ可きを以て、敵に因りて之に勝つのみ。豈に多言ならんやと。
-
『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光公曰く、此れ皆細事なり。人主を煩わすに足らず。但だ當に人を擇びて之に任じ、功有らば則ち賞し罪有らば則ち罰すべし。此れ則ち陛下の職なりと。上曰く、然りと。
-
『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光太皇太后詔草を封じて以て公に問う。公曰く、此れ諫を求むるに非ず。乃ち諫を拒むなり。人臣は惟だ言わざるのみ。言わば則ち六事に入らんと。時に詔に應じて事を言い、越職に坐して銅を贖う者有り。公具さに其の情を論じ、且つ詔書を改め賜わりて之を天下に行わんことを請う。之に從う。